ⅩⅡ
今宵の夜会。
招待のお礼に、良い花があれば花束にしてもらい贈っておいた方が、心象が良いだろうし今後、リヴラ卿殺害の情報収集をするにもサジタリウス女伯は助けてくれる可能性が高い。
そこに、朝食が運ばれてくる。
祈りを済ませて食べ始める。
「美味しい……」
今日もまた、イリスは食事の美味しさを噛みしめながら食べている。
見ているだけでこちらが幸せな気分になるような表情だ。
恐らく、無自覚であろう。
それともそれさえも、ランクスが仕込んだのであれば、少々笑いがこみあげて来る。
「イリス」
「はい、アル様っ」
「今夜、僕は出掛けるから留守番をお願いね」
ぱちくり、とイリスは目を瞬かせる。
「お出掛け?」
「そう。遅くなるから、君はいつものように好きな時間に眠ってくれたらいいよ」
連れて行って欲しい、と口にしたらどうしようかと内心、アルシャインは思っていた。
イリスは今まで見て来た
夜会のことを言えば、一緒について行きたがるかもしれない。
「わかったわ。お留守番、してる。ご主人様もそうだったの。時々、
「それは……。イリスはランクスが何をしていたとかは知っているのかな?」
「ううん。でも、ご主人様が心配しないでって言ってた」
これは、元彼の執事であるシェダールにも話を聞いてみる必要がある、と頭の隅に置いておく。
恐らくは夜会で間違いはないだろうが……。
朝食を終えたアルシャインはイリスを伴って、数えるほどしか入ったことのない温室へと足を踏み入れた。
最後に見た時よりも、花の種類が増えているような気がする。
どうせ執事であるギーがほどよくやっているのだろう。
「わぁ……! 綺麗! みんな、綺麗に咲いているのね!」
「そうだね。ギー。夜までに花の手配を頼む」
「かしこまりました。坊ちゃま」
温室はさほど広くはないが、狭すぎるわけでもない。
しっかりと太陽の光を受け止めて程よい温度となっている。
鼻歌を歌いながらイリスは花を一つひとつ見て回る。
「ご主人様の温室とは違うのね」
「そうかい?」
「うん。ご主人様は綺麗なものが好きだから」
そういえば、そうだったとアルシャインは思い返す。
見た目は確かに整っている方であったが表情の所為で、綺麗なものは切って捨てる男ではないかと評されていた一方で、美的センスはなかなかのものだった。
程よく、均衡が取れている。
「あ、これ! ご主人様の大好きなお花!」
温室の中とはいえ、外はまだ冬。
まだ蕾の状態のバラだった。
ステラ小国の名産の一つであり、リヴラ領の特産の一つでもある。
各領土、一つまたは二つ、花が特産である。
中でもリヴラ領のバラは華やかであり香水やアロマとして有名だ。
ただ、バラは育てるのが難しいのが難点。
「気に入ったかい?」
「うん! ご主人様も育てるのは難しいって、そう言ってたわ。でも、イリスにはよくくれたの」
そこで、イリスは俯く。
何かと優しくしてくれた主人。
まだ蕾のバラをみて思い出が蘇る。
ある時、黄色いバラを差し出してくれた。
白や赤、ピンクはよくくれたが、ほんの数回、黄色いバラをくれたことがあった。
「黄色いバラ、か……本数は覚えてる?」
「ほんすう?」
「何本もらったのかってことだよ」
んー、と少し考えてイリスは答える。
「最初は一本だったわ。それから……次は五本だったかしら、六本だったかしら……そう、ご主人様が死んでしまった日……。あの日も、パーティーの前にくれたの。十一本だったわ。綺麗な数字じゃなかったけれど、とても嬉しくて、いつももらった数で押し花にしていたの」
「随分と覚えているね」
「ご主人様からもらったものはほとんど覚えているの! ご主人様から何をどれだけもらったのかって」
アルシャインは記憶の奥底を掘り返す。
確か、黄色いバラに限ったことではないが、バラの数によって伝える言葉が違うとそのランクスから聞いたことがあるような気がする、と。
「アル様。私、ここの温室に毎日行ってもいい?」
「ん? あぁ、いいよ」
喜ぶイリスの姿を見ながら、調べることがたくさんある、と肩を落とすのであった。
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