ⅩⅠ

 夢を見る。

 幸せな夢だ。

 笑うことや喜ぶこと、嬉しいことを教えてくれる一方で、そういうことを自分がするのは苦手な主人が、一生懸命イリスに教えてくれる夢。

 歌を歌えば武骨だが優しい手で頭を撫でてくれる夢。

 それからアルシャインもいる夢。

 主人と比べるとやや線が細いが、同じように優しい人だ。

 友人とは聞いていたもののイリスは主人の友人に会った記憶はない。

 けれども優しくて幸せな夢を見る。

 主人がいて、アルシャインがいて、主人の執事だったシェダールがいて、メイドのエイラがいて、アルシャインの執事のギーがいて、メイドのルーナがいる。

 イリスは歌を歌うと皆が喜んでくれて、歌姫競技会カナリア・コンチェルターレの会場のような華々しい場所ではなく主人の屋敷にいる夢だった。


「……朝……」


 もっと、見ていたかった。

 辛い夢は見ていたくないけれど、幸せな夢だったらいくらでも見ていたい。


「ご主人様は、それは、儚いって……教えてくれた……」


 水面に映り瞬く星月の如く。

 咲き誇り散りゆく花の如く。

 砂の上に建てた楼閣の如く。

 業火に飲まれ灰と化す如く。

 難しいけれど色んな例えで教えてくれたことを、ベッドの中で思い出す。


「夢は、消えてしまうもの……」


 主人との記憶を手繰り寄せていると、ドアがノックされ開いた。


「イリスちゃん、起きてる?」

「うん。いつも、ありがとう……エイラ……。私、歌姫カナリアで何も出来なくて、ずっと、皆にお世話されて、ごめんなさい……本当なら―――」

「いいの。気にしないで。イリスちゃんはランクス様の愛し子だから」


 カーテンを開けて、窓が大きく開かれると拾われた時よりも幾分か温かくなってきた風が部屋の中へと入って来る。

 ベッドから出たイリスはぺたぺたと素足で歩いてバルコニーに出ると、白いワンピースの寝間着が風にふわりと踊った。

 アルシャインの屋敷は主人の屋敷よりも規模は小さいが、綺麗に手入れがされていた。

 不意に庭の方が光ったような気がして、イリスはバルコニーから下を見下ろした。


「ねぇ、エイラ。あれはなぁに?」

「どれかしら?」


 次々と部屋のカーテンと窓を開けていたエイラがイリスのいるバルコニーの方へと赴く。

 イリスが指差した先にはガラスで覆われた小さな建物が一軒、庭の端でありながら太陽の光が反射している。


「あれは、温室ね」

「温室?」

「お花を育てる小屋よ。アルシャイン様に聞いてみようか?」

「ううん。後で私が聞いてみるわ。ご主人様も言っていたもの。聞きたいことは自分の口で聞きなさいって」


 着替えましょう、と言われてイリスは部屋の中に戻る。

 今日もシンプルなワンピースだ。

 いつも、主人の屋敷で着ていたものと似ている。

ゆったりとしていて温かく、動きやすいワンピース。

 エイラに髪の毛を結ってもらい今日からアルシャインと一緒に食事をとることになった為、食堂へと向かった。


「おはよう。イリス」

「おはよう、アル様。あのね、聞きたいことがあるの。いい?」


 最初の遠慮はどうやら薄れたらしい。

 アルシャインとしてもその方が肩肘を張らなくて良いのでありがたかった。

 彼女が―――イリスが、早々に自分に気を許してくれているというのが。


「聞きたいこと?」

「お部屋から見えたの。お庭の端っこにあったお家はなぁに? エイラは温室って言っていたんだけれど」


 あぁ、とアルシャインは思い至る。

 イリスに貸している部屋から見下ろせる位置に、そういえばあったと。

 アルシャインは特に興味はないが、庭師が温室で花を育てて屋敷に飾れば客人が来た時、華やかにお出迎えが出来る、と。

 アクィラ辺境伯の執事、ギーからの進言だ。


「そうだよ。興味があるのなら、行ってきてもいいよ」

「うん! えっと、アル様は……行かないの?」


 小首を傾げて問い掛けて来る彼女に、アルシャインはどう答えたものかと思案する。

 花にあまり興味がなかったので案内が出来ないのだ。


「アル様?」

「一緒に行こうかな。今日、花が必要だからね」

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