気が抜けたのか、安心したのか、イリスがウトウトとし始めた為、アルシャインはエイラとシェダールを連れて部屋を出た。

 向かった先は、執務室だ。


「おや。坊ちゃま」

「ギー。雇用契約書を」

「すぐに」


 執務室の書類の棚から、ギーは雇用契約書を取り出してエイラとシェダールにサインを貰った。

 これで、契約は成った。


「それで、少々聞きたいことがある」

「何でしょうか。アルシャイン様」


 ランクスの筆頭執事であったシェダールは居住まいを正して言葉を返す。


「君達二人だけだったか? 確か他にも打診をした者はいたと思うが」

「実は……先日、領主代行様より解雇された従業員達は残念ながらジェミニ領にて暮らすことになっております。今回、お声がけ頂いたことには感謝をしておりましたが……今は、少々離れたいと」

「ジェミニ領に?」


 アルシャインは考え込む。


「その、アルシャイン様のお屋敷はランクス様のお屋敷と近いので。それと、数人はランクス様の死を不審に思い、調査がしたいからと」


 なるほど、と思い至る。

 調査をするにもたかだか使用人では、情報収集にも難しい面が出て来る。

 まず今は領主代行が領都を治めている。

 不審だからと調査をすれば、今度こそ領主代行からどんな仕打ちが為されるか分かったものではないからだ。


「シェダールがそのように指示を?」

「―――はい。あまり多くの者が近場に留まっていると、疑われそうでありましたので。それと、ジェミニ領の領主様が是非に、とお申し出くださり……」

「分かった。しばらくはイリスの世話をルーナと共に頼む」


 それから、とアルシャインは言葉を続けた。

 ランクスの死を不審に思っているのはアルシャインも一緒であり、何よりイリスが、主人の死の真相を知りたがっていることを告げる。


「イリスちゃんが……」

「イリス嬢が……」

「あぁ。僕は、知るべきだと思ったんだ。何より、本人の頼みでもある。ランクスの死の真相を追い求める同志として、協力がしたい」


 アルシャインの申し出は、エイラにとっても、シェダールにとっても、有難い話である。


「ご協力のお申し出、是非にとも私達の方からお願い申し上げます」

「アルシャイン様。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「ありがとう。今日はもう下がってくれ」


 エイラとシェダールは一礼し、執務室を出ていった。

 これから本格的にランクスの死の真相を調査していくことになるだろう。


「坊ちゃま」

「ジェミニ領の領主が首を突っ込んでくるとはね」


 まぁ、想定内だった、とアルシャインは苦笑する。

 むしろ首を突っ込んでこないはずがない、と。

 アルシャインのその意見にはギーも同意だ。


「何より、耳が早いからな」

「そうですな」

「後は……」


 と、アルシャインは机の引き出しから二通の封筒をギーに差し出した。


「この手紙を出しておいてくれ」

「かしこまりました。きっとお力になってくださるでしょう。十二領の中でも情熱的で、真っ直ぐなお方ですから。しかし、他の方々や陛下にはよろしいので?」

「他の方々は様子を見ながらにするよ。それに、僕はジェミニや手紙の送り先の方々よりも一つ下の立場だからね。直接、陛下に直訴をしては睨まれてしまう」


 その判断に、ギーも納得したように頷く。


「それでは、届ける手配を致しますので失礼を致します」

「あぁ。頼む」


 一人残された執務室。

 アルシャインは机に積まれた書類から、いくつかを取り出す。

 報告書だ。

 それに目を通して、深く溜息をつくと同時に決意に満ちた目で書類を睨み付けた。

 ランクスが死んだ後のリヴラ領の状況が記された報告書だ。


「よくもまぁ、僕の大切な友の領土で好き放題やりたい放題やっている。いずれ―――真実を明らかにし、引きずり降ろしてやる。ま、後継者探しもしないとならないか……」


 だが、果たして友であるランクスを殺したのは、現在の領主代行なのだろうか。


「疑わしい人間は、彼だけではないな……。こう、もっとスムーズに事が進んでさっさと犯人が明らかになればいいのだけれど……」


 復讐ではない。

 復讐をした所で、友は、ランクスは生き戻らないのだから。


「君が、こうもあっさりと毒殺されるなんて、思ってもみなかったよ……」


 親戚か、使用人か。

 その辺りが怪しい、とアルシャインは溜息をついて一人ひとりの経歴を確認するのであった。

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