幸せとはどういうものだろう。

 もうしばらくゆっくりと休んで欲しい、と言われてイリスはベッドに横になった。

 温かいものは幸せ。

 優しいものも幸せ。

 主人の為に歌を歌えるのも幸せ。


「私の、本当の幸せは……なぁに?」


 もちろん、良い主人の為に主人の傍で、命潰えるその瞬間まで歌を歌い続けること。

 それが歌姫カナリアにとっての幸せ。


「でも……ご主人様は、死んでしまった……」


 ではアルシャインが次の、イリスの主人となってくれるのだろうか。


「それだったら、いいのに……」


 人の子に戻すという意味も、分からない。

 言葉一つひとつの意味は分かるのに、理解が出来なかった。

 瞬き一つするごとに眠気が襲ってくる。

 これも夢じゃないだろうか。

 目を覚ませば、自分はまだ数ヶ月彷徨った寒い町のどこかにいるのではないか。

 もしかしたら今も死の間際にいるのかもしれない。


「もし、夢でも……」


 次はきっと、主人が迎えに来てくれる。

 今度こそイリスはその手を取るのだ。

 一緒に連れて行って欲しい、と最初で最後のお願いを、いなくなってしまった主人にしたい。


「ご主人様……イリスは、ご主人様と、一緒に……どこまでも……」




****




「それで、どうだった?」

「はい。坊ちゃま。彼のリヴラ卿に仕えていました執事やメイド達の中で、リヴラ領領主代行によって放逐された者を当家で雇い入れたいと思います」

「そうしてくれ。うちはリヴラ領と違って人手が足りないからね。きっと、喜ぶ」


 屋敷の一室。

 大きく重厚な机を挟み、アルシャインと執事長のギーは話をしていた。

 机の上にはいくつかの資料や新聞などが置いてある。


「やれやれ……。あいつが、死ぬとは思わなかったな……」

「はい。私も未だ信じられません。誰ぞに殺害されたのではないかと」


 ギーの言葉にアルシャインも頷く。

 そう簡単に友であるランクスが死ぬとは思えない。


「しかし、証拠がありません」

「あぁ。その通り。すでに葬儀も済まされている。だが……何とかならないものだろうか」


 アルシャインは数ヶ月前の新聞に目を落とす。


「若きリヴラの領主、突然の死去……とはね。彼が死ぬ瞬間を見ていたのは?」

「屋敷にいた親戚達のみです。イリスは親戚達には奴隷のように思われていたので、リヴラ卿の意思で話し合いには参加をしていなかったとのこと。当時、彼の屋敷には今の領主代行を始めとして数人の親戚が内々に話し合いをしていたらしく……その話し合いの後、会食にてワインを飲んでいる途中で突然、胸を押さえて倒れ、そのまま亡くなったとか」


 毒殺。

 その言葉が頭の中に浮かんだ。


「毒殺の可能性は?」

「ありましょうな。ですが、すでにグラスにワイン、その他、当日使われていたものは領主代行の命令により、全て処分をされたとか」


 処分された品物―――特に、ワイングラスやワインなどがあれば、調べることも出来たというのに。


「あいつには持病はなかったはずだから、毒殺で間違いないだろう。奴が自殺するとも思わない」

「そうですね。坊ちゃまと違って、頑強なお方でした」


 余計なことを言うな、とアルシャインはギーを睨み付けるが、さすがは年の功か。

 アルシャインの鋭い目にもまったく恐れの色はない。


「話は変わりますが坊ちゃま」

「何だ?」

「少々、歌姫カナリアを売っていた店の店主についてなのですが―――調べてみると不審な点が多々あります」


 歌姫カナリア歌姫カナリア売りから購入することになっている。

 どこの誰が歌姫カナリア売りの祖なのかは分かっていないが、店の規模は大店から小店まで大小様々だ。

 イリスが売られたのは店の中でも小さく、劣悪な環境の店であったとかつて友であるランクスが話していたことを思い出す。

 何故、そんな場所で購入したのかと当時は理解が出来なくて呆れたものだ。


―――何故って。何となく。叔父上が買って貴族としての立場を保てと言ってきたし。どこで買え、とまでは言われてないし。それに―――


「―――ランクスも、そういえば気になったことがある、とかつて言っていたな。ランクスからの手紙でも、読み返してみるか」


 何か、ヒントでも書かれていればいいが、とアルシャインは引き出しから、かつて友が送ってくれた手紙を取り出して一通一通目を通し始めたのであった。

 まだまだ眠れそうにない。

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