Ⅴ
久々の食事に、イリスは泣いた。
泣いて、泣いて、少しずつ口にして、また泣くのを繰り返す。
冷たい。
厳しい。
痛い過去。
温かい。
優しい。
痛くない今。
いつか、誰かが言っていた。
―――悪い事があった後には、必ず良い事が起こる。
と。
その言葉は主人から聞いた言葉なのか、イリスに賛辞を贈った人々の誰かの言葉なのか、それとも主人の元で働いていた人達の言葉なのか。
さっぱりと記憶にないけれど、不意に思い出した。
「美味しい……温かい……ねぇ、さっきからぽたぽたスープに落ちる雫は、何……?」
「それは、涙だよ。君の、ね」
「なみだ……これが、歌の中にあった、涙……。ねぇ、どうしてなの? 涙は温かいから、落ちるの? 優しいから、流れるの? 悲しいから、溢れるの?」
歌に出て来た言葉は知っている。
意味も分かる。
けれども、理由や理屈、どうやって、どういう時に感情が出て来るのか。
そういったことが分からない。
言葉や意味は教えてもらえるけれども、理由や理屈、実際に自分の身での体験というものは持たない。
歌は教えられた詩をなぞり、囀るものと教え込まれていたから。
イリス自身にもそれは呪いの如く付き纏い、主人の元でもなかなか理解が出来なかった。
特に悲哀や、涙は、どういうものか。
それが分からなかった。
「イリスが言った、どれにも当てはまるかな。君はランクスが死んで、悲しくて、心が痛くて、だから、涙が出ているんだ」
「これが、悲しい……これが、痛い……これが、涙……」
アルシャインは答える代わりにイリスの頭を撫でた。
まるで主人に撫でられているようで、懐かしい。
いつだって主人はイリスを褒めてくれた。
上手く出来ても出来なくても、頭を撫でてくれた。
「私は、
アルシャインを始めとした執事やメイド達は痛ましげにイリスを見る。
「イリスは、ちゃんと人の子だよ」
「アルシャイン様はご主人様と同じことを言うのね……」
人の子だと言ってくれたのは、今目の前にいるアルシャイン。
そして主人であるランクスとその執事やメイド達だけだった。
大半の貴族達は
どのペットが一番美しく主人好みに整えられ、綺麗な歌声で鳴くのかを競い合う。
そこに
それこそが
「ランクス……彼は、君を
よく、分からない。
物心ついた時から
主人に買われてからは、とても大切にしてもらっていた。
それでよかったし、それが死ぬまで永遠に続くものと思っていた。
かつて、主人の屋敷にいた時のこと。
何度か彼の甥っ子等が遊びに来たことがあった。
―――お前、
囀れ、それは元の店主にも言われたことのある言葉で、歌えという意味だと教え込まれた。
主人に絶対服従はもちろんのこと、主人の血筋、貴族全員に逆らうな、とも。
歌おうと口を開きかけた瞬間に主人が甥っ子を殴った。
―――彼女は、僕の
何と言ったか覚えていないけれども、主人が周囲から怒られたり諭されたりしていたことは見ていた。
「私……
「イリス。それは、きっと彼の強欲な親戚達に言われて連れて行っていただけだと思う。彼は……僕の友はね、君を
「よく……分からないわ。
二度、三度とおかわりをしてようやく落ち着いた。
久々に味わった、満腹。
綺麗な食べ方やテーブルマナーも、全てランクスを始め、執事やメイド達が丁寧に優しく教えてくれたから綺麗にスプーンでスープを飲み干すことが出来た。
「今は分からなくてもいいよ。今後は、僕が……亡き友の遺志を継ぐ。だからイリス。君はランクスの屋敷にいた頃と、同じように過ごして欲しい」
ランクスに引き取られてからは毎日、勉強をしていた。
文字の書き方、読み方、言葉の意味。
ダンスやテーブルマナー。
国の歴史。
そして……表現力の高い歌の歌い方。
「いいの……?」
「もちろん。勉強がしたい、と言えば君に教えてくれていた教師を探すよ。新しい勉強も、君が望むのなら手配する。きっと亡き友も、イリスの人の子としての幸せを望んでいるだろうから」
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