第9話 ●登場 ~タイミング見計らっていました?

次の瞬間、顔の上半分を黒い仮面で覆い、全身黒ずくめの衣装に身を包んだ男が現れ、ディオールとアルジャンに刺さっている、ナイフを抜き取り、続けざまに針をディオールとアルジャンの胸に打ち込んだ。


すると、みるみるうちに二人の傷はふさがっていき、呼吸も安定した。




さすが、体力のあるアルジャンは傷がいえてから、ものの数秒で意識を取り戻した。


「あ、あなたは?」


アルジャンが驚きの声で質問すると、


「こんにちは、不審者です。」


黒ずくめの衣装に身を包んだ男は、自らを不審者と名乗り挨拶した。


アルジャンがディオールに目を向けると、先ほど背中に刺さっていたナイフはすでになく、かつ傷もふさがっている。そして、あれほど苦しそうな呼吸をしていたのに、今は呼吸も安定している。


そして自らの胸を確認してみると、ナイフでさされたはずの傷も癒えている。


「!!!!!!!」


アルジャンはどうしてこのようになったのかは理解していないが、ただ自分たちの身に起きた奇跡的な出来事に、言葉にならない喜びの声をあげ、ディオールを抱きしめた。




ご存じのように、この黒ずくめの不審者はノワールであり、今彼の能力を用いて、ディオールとアルジャンの傷をいやしたのだ。


また、暗殺者AとBが動かなくなったのは、ノワールが彼らの運動神経と五感を針で遮断したからである。




(まさか、この娘が、サイマ王国の王女だったとはね。)


先ほど暗殺者の報告で、「エリザベス・ディオール・サイマ、第10王女」と言っていた。つまりこのディオールは


サイマ王国の王位継承第10番目の王女、ということだ。


これで、なぜこの娘が暗殺者に命を狙われていたのか、理解できた。


最近、サイマ王国では王位継承権争いに関係してか、継承権をもつものが次々と亡くなっている、という事件が起きていた。


サイマ国王もその件に関しては非常に嘆いており、かつこの10場目の王女のことは溺愛していた。


そのために、この娘を逃すために、別国のカナガ王国のオダワ町に移住させたのだろう。




実は、ノワールは10年前に、ディオール、ことエリザベス・ディオール・サイマにあっている。


彼女が5歳の時、サイマ国王からの依頼で、虚弱体質だった彼女に診察と薬の処方をしたのを思い出した。


今彼女が飲んでいた薬は、当時ノワールが調合した薬である。どうりでなんとなく見たことがあるわけだ。


ただ、ノワールもディオールと会ったのは1回だけだったので、すっかり忘れていた。


ノワールの失態と言えば失態だ。




すると、傷がいえたディオールが目を覚ました。


「お嬢様!大丈夫ですか!」


アルジャンは大きな声で、ディオールに声をかけた。


「あ、ちょっと目をさましたばかりなので、ちょっと声は小さめにしてくださいね。」


不審者ことノワールがアルジャンを優しくたしなめると、


「あ、すいません、『先生』。喜びのあまり興奮してしまって。」


アルジャンは申し訳なさそうに、不審者ことノワールに舌をだして謝った。




(ん?『先生』?今、この執事、『先生』って言ったよな?)


確かに、アルジャンは、不審者ことノワールのことを『先生』と言った。


「な、なにを言っているのでしょうか?わたしは『先生』ではなく、通りすがりの不審者ですか?」


明らかに狼狽した様子で、不審者ことノワールはアルジャンに答えた。


「え?『オダワ町の不審者』ことノワール先生ですよね?」


アルジャンはサラっと返してきた。


「先生、お久しぶりです♪この度はありがとうございます♪」


すると、目を覚ましたディオールも、仮面をかぶって顔を隠しているはずの、不審者ことノワールに、『先生』と言ってきた。




「な、なんのことかなー。」


不審者ことノワールはまだ往生際悪くしらを切る。




「あれ?先生、わたしからのワン切りで、ここに駆け付けてくれたんですよね。」


確かにそうなのだ。


実は、ディオールとアルジャンが暗殺者に遭遇した時、アルジャンが機転を利かせて、すぐにノワールにワン切りの電話をかけていたのだ。


アルジャンのワン切り電話に異変を感じ、ノワールはすぐに駆け付けたのだった。


「なんなら、ここで先生の携帯電話を鳴らしてみましょうか?」


「ですわね。」


アルジャンとディオールは、ニヤリと笑いながら、携帯電話を取り出した。




「…。お前ら、いつから気づいていた。」


ノワールは仮面こと外さなかったが、ディオールとアルジャンにはごまかしきれないとあきらめた。


また、自らの正体がばれてしまったのがわかってか、二人にたいしても敬語ではなくタメ口に変わっていた。




「え?初めからですよ。そもそも先生がいらっしゃるからこの地に来たのですから。」


ディオールは血まみれの衣装のまま、ケロっとした顔で衝撃の事実を告げてきた。


「先生、全然気づいてくれないから、二人で笑っちゃいましたよ。」


アルジャンは笑いをこらえるのに必死だった。


アルジャンのことも思い出した。たしかにこの執事とも10年前にあっている。


たしかその頃は執事見習いで、歳はたしか8歳くらいだったはずだが。


(あの男の子が、こんなに立派になって…。)


ノワールは少し感慨深げにアルジャンのことを見た。


ちなみに、二人はノワールが【稀能者】であることをすでに知っている(但し、ノワールの詳しい能力は不明だが。)




二人からことの経緯を聞くと、


まず、サイマ王国で王位継承者が次々と亡くなっていく、という事件が起きたのは前述のとおり。


それについて、サイマ国王もどう手を打つことができなかった。


その中で溺愛している、ディオールだけは何とか守ってあげたい(ディオールだけというのもある意味ひどい話だが)、と思い、それを親交のあるカナガ国王に相談した。


ノワールは過去、カナガ国王に仕えており、カナガ国王は、ノワールならば問題を丸投げしても何とかしてくれるだろう、というある意味全幅の信頼のもと、サイマ国王にディオールのオダワ町への移住を勧めたとのことだ。


ちなみに、ノワールが「お節介で、押しに弱い」と言ったのはカナガ国王だそうだ。




ノワールは軽いめまいに襲われたが、結果オーライということで良しとした。


だが、問題はまだすべて解決していなかった。




「今回の暗殺をだれが依頼したか、そこをまず確認しないとな。」


そういってノワールは暗殺者Bの携帯電話を取り上げた。


発信履歴を見て、先ほど暗殺者Bが連絡を入れていたものにリダイヤルをした。




「ん、なんだ、金はもう振り込んだぞ。ほかに何か用か?」


すると、電話の向こうで男の声が聞こえた。


その声を確認したあと、ノワールはすぐに電話を切った。


ちょうどスピーカーフォンにしていたため、その声はディオールとアルジャンにも聞こえていた。




「今の声はだれだ?」


ノワールが二人に確認する。


「今の声は、トラシュお兄様に仕える、コシの声ですね。」


ディオールがはっきり告げ、アルジャンもそれに同意した。


トラシュ・サイマ王子、王位継承権第8位だ。


おそらく、継承権第8位だと通常まず王位を継ぐことはないので、それを手中に収めるために、自らに仕えるものと結託して、いろいろ手を尽くしたのだろう。


そして、今回の暗殺者とのやり取りの窓口は、トラシュに仕えるコシとなっていたため、コシが今電話に出たのだろう。




「あ、キミたちちょっと回れ右。」


不審者ことノワールはディオールとアルジャンに指示した。


二人はおとなしくそれに従った。


二人が背を向けている間に、ノワールはまだ石像のように固まっている暗殺者たちに、人に害する行動をしようとすると体が硬直する楔となる針を打ち込んだ。




「これで、首謀者もわかったし、あとはキミたちで何とかするようにな。」


そういって不審者ことノワールはその場を去ることとした。ここまでやれば十分だろう。


「先生、じゃあまた明日の診察楽しみにしていますわね♪」


ディオールがそういってきたが、いや、先ほどのノワールの能力で、ディオールの虚弱体質は改善されているはずだ。


「いやいや、もう診察必要ないくらい元気になったよね?」


不審者ことノワールの指摘に、


「もしかしたら、別の病気を患ったかもしれないですわ。例えばうっかり不審者さんの正体を言いふらしてしまうような。」


「ですね。」


ディオールの返答に、アルジャンも大きくうなずく。




「…。わかったよ、また来るから。」


ここで何を言っても無駄だと悟ったノワールは、とても良いことをやり遂げた、とは思えないほど肩を落としながら、その場を去った。


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