第4話 ●事情 ~天丼
出されたお茶とお茶菓子を食べながら話を聞いたところ、
本人たち曰く、
だれからかは今は明かせないが、ディオールは暗殺者によって命を狙われているとのこと。
その暗殺者から逃れるために、このオダワ町に移り住んだのだが、やはり振り切れなかった、とのことだ。
ちなみに、ディオールは学生であるが、今は夏季休暇中。
できれば、この夏季休暇中に問題は解決しておきたい、とのこと。
「なんで、そんな重要なこと、わたしに言うんですか?ただ単なる医者ですよ?」
ノワールは腕を組みながら、眉間に皺をよせ質問した。
それはそうだ。確かに暗殺者から狙われて、かつ住みなれない地に移り住んだのだから、心細いのは理解できなくないが、それをこんな一介の医師に伝えるのは筋違いではないだろうか。
「先生、先ほどわたし、『先生とは長い付き合いになるのだから。』と申し上げますよね。何度同じことを言わせるんですか?」
「いや、それ一回しか言っていないよね。」
アルジャンが首を大げさに振り、わざとらしく深いため息をついて、主張したが、ノワールは一蹴した。
「それに、先ほどお嬢様をお守りしていただいたではないですか。あの動きは只者ではありません。」
「いやいや、あれはたまたまだから。ほんと偶然だから。」
アルジャンの指摘に、ノワールは慌てて訂正した。
確かに、あの行動はノワールとしては少し軽率だったかもしれない。
偶然防いだことを装ったが、あの場はあえて手を出さずにアルジャンに任せておいた方がよかったかもしれなかった。
この執事ではあるならば、あの状況でノワールが手を出さなかったとしても、ディオールを確実に守ったかだろうから。
「じゃあ、仮に先ほどの行動が偶然だったとしましょう。だとしても、暗殺者から逃れるために、異国の地に来て、右も左もわからない状況で、うろたえているわたしたちを、医者である先生は放っておけるんですか?」
「そーだ、そーだ。」
力強く訴えてくるアルジャン。そしてそれに対して全くの棒読みで合いの手をいれてくるディオール。
「そもそも、こういうことは衛兵に相談することですよね?」
ノワールの主張はごもっとも。
「いやいや、先生何をおっしゃっているんですか。衛兵がどこで暗殺者とつながっているかわからないでしょ?信用なりませんよ。」
ノワールの質問に対して、アルジャンは両手を広げて大げさに否定した。
ディオールは優雅に紅茶を飲みながら、うなずいている。
「じゃあ、わたしは暗殺者とつながっていないと?」
「そうです。」
「わたしが暗殺者とつながっていない、という証拠はあるんですか?」
「ないです。」
アルジャンは胸を張っていうことではないことを、キッパリと言い放った。
「じゃあ、なんで証拠がないのに、わたしがつながっていないと言い切れるんですか?」
「勘です!」
「勘、って便利な言葉だな、オイ!」
ノワールのツッコミもどこ吹く風。アルジャンは白い歯を見せながら笑顔で応えた。
「まあ、たしかにわたしは暗殺者とはつながっていないですが、そんな重要は話をわたしにしてどうするんですか?」
ノワールの主張はもっともである。
「別に、何をしてほしい、というわけではないですが、定期的にお嬢様を診察していただければ大丈夫です。」
「暗殺者に狙われているお嬢様を?」
「ハイ。」
「医者であるわたしが、巻き込まれて命を落とす危険は?」
「あるかもしれないですけど、ないでしょ。ハイ♪」
アルジャンはノワールの質問に明るく答えた。
「先生がおそばにいる間は、きっとお嬢様は安心かと思いますので。」
「その根拠は?」
「勘です!」
「勘、って便利な言葉だな、オイ!」
ノワールは先ほどと同じような流れでツッコミを入れた。
「それに先生は、お節介で、押しに弱いと聞きましたので。」
「お嬢様、それは!」
「あっ」
アルジャンはディオールの失言をたしなめた。
だが、これも打ち合わせどおりのような、少しわざとらしい失言である。
ノワールは、数秒考えた。
(ここで、だれが、「お節介で、押しに弱い」と言ったか問い詰めてもきっと答えないだろうから、ここはスルーしておこう。)
(だが、一体それを言ったのはだれだ?単なる虚言か?)
(この二人は、もしかしたらボクが【稀能者】であることを知っているのか?)
(いやいや、ボクが【稀能者】であることをしっているのは一部の人間だけだし、その可能性は低い。)
(だが、言葉の端々に何か引っかかるものを感じる。)
(それに、このお嬢さんに処方されている薬の調合も気になる。だれがあの調合をしたのか?)
(あと、なんでこの二人はボクのことをこんなに信用してくれているのか?過去にあったことがあるか?うーん、覚えていない…。)
ノワールは自問自答の結果、抵抗するのをやめた。
とりあえず適当に返事をして、この場から逃げ出す作戦に変更した。
「わかりました。暗殺者の件に関しては、お力になれないかもしれませんが、とりあえずお嬢様のお体の件については、定期的にお伺いするので、それでどうでしょうか?」
「お嬢様、どうでしょうか?」
「仕方ないわね。それくらいで妥協してあげましょうか。」
アルジャンとディオールの返事に、「お前ら二人、歯を食いしばって、ここに立て。」と言いたかったが、ノワールは言葉を飲み込んだ。
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