悪役令嬢は魔術師の力を借りて浮気した夫と不倫相手に復讐することにした

66号線

悪役令嬢は魔術師の力を借りて浮気した夫と不倫相手に復讐することにした

 私はCeego。シーゴー、と読む。突然だが、夫であるRockstone(ロックストーン)伯爵に離婚を切り出されている真っ最中だ。


 夫が愛人を宮中に招き入れたのは三日前。

 Amy Cauldron(エイミー・コルドロン)というその女は、市場で競売にかけられていた奴隷で、夫が一目惚れして買い取ったという。

 彼ののぼせっぷりは妻の私から見ても滑稽なほどだった。ふたりは部屋に篭り、たまに庭園での馬鹿げたピクニックを楽しんでいた。草原の上を走り回り、執事や従者らが呆れるくらいの熱愛ぶりを見せつけた。


 しかし所詮は愛人、夫はひとときの恋を楽しんだら本妻である私の元に帰ってくるはず、とたかを括っていたのが甘かったのだろう。


 浮気が本気になるなんて。


「長年連れ添った君には本当にすまないと思っているが、私はエイミーとこれからの人生をともに歩みたい。もちろん、慰謝料も、今後の生活も可能な限りサポートする。だからと言っては申し訳ないが」

「体裁が悪くなるから、ひっそりと出ていけということですか」

 

 夫は言いにくいことを私に先に当てられて、少なからずホッしたような表情だった。エイミーは涙を浮かべ、夫の背中にしがみついていた。彼女は最後までおし黙ったまま、全てを成り行きに任せていた。



 忌々しいデート現場となった庭園をひとり歩いた。私は頭の中で少しでも怒りと無念さを鎮めるための方法を探った。


「シーゴー様」


 声とともに生垣から飛び出てきたのは、従兄弟のGorgonzola(ゴルゴンゾーラ)伯爵だった。


「今こそ私めが貴方様に力をお貸しする時のようですね」


 ゴルゴンゾーラ伯爵はガリガリな指をパチンと鳴らすと、黒いローブ姿の魔術師へと変貌を遂げた。


「貴方様は自分を裏切った夫とその不倫相手に復讐を果たしたいとお考えだ」

「なぜそれを?」


 離婚の意思はまだ誰にも伝えていないのに、と続けようとするのをゴルゴンゾーラ伯爵は遮り、


「くくく、失礼ながらこれで一部始終を拝見させていただきましたよ」


 と水晶玉を宙に浮かばせた。


「貴方様はお強い。このまま泣き寝入りで終わらせるつもりは毛頭ない。そうでしょう?」


 私は唇を噛み締めながらゴルゴンゾーラ伯爵の意図するところを考えた。それに答えるかのように、彼はすっと小瓶を取り出すと、次のように私に助言をした。


「よくお聞きなさい。これを飲んだら貴方様は真っ直ぐご自宅へお帰り下さい。それから、憎い相手を穴が開くほど観察するのです。最後は直観に従いなさい。良いですか、いずれ訪れる決定的な瞬間から、決して目を逸らしてはなりませんよ」


 私はゴルゴンゾーラ伯爵に渡された小瓶をぐいと飲み干すと、意識を失った。



※ ※ ※



 目が覚めると、私は近所にあるローマ公園内のベンチに座っていた。ランニング途中で休憩し、そのままうたた寝したようだ。私はチェリーハイツへの帰路を急いだ。早くしないと会社に遅刻してしまう。空が気持ち悪いくらい紫色になっていたが、気にしていられなかった。


 慌ててタイムカードを切り、デスクの上に既に溜まっていた伝票へ手を伸ばす。


「ねえ、鍋詠美さんって今日から正社員なのよね」

「そうそう、驚いたわ! うちの会社って非正規からの正社員登用制度なんてないのに。しかも三日前に急に辞令が出て、まさに晴天の霹靂だったよね!」

「本当それ! なんの説明もないのが怪しいよね。詩伊子さんもびっくりしたよね?」

 

 突然、前に座る同僚から話を振られて、私は愛想笑いを浮かべた。

 鍋詠美の辞令を知った時、私たち非正規社員は表向きは何でもありませんよといった具合に笑顔を繕ってはいたが、内心でははらわたが煮えくり返っていたのは言うまでも無い。


 給料に見合わない仕事がなんとが終わったのは、夜の十時を過ぎた頃だった。華の金曜日夜ということで、駅は人でごった返していた。ホームに滑り込んできた電車に乗ると、向かい合わせになった反対方向行きの電車内に、鍋詠美と、少し離れたところにうちの会社の上司である小石田部長が立ってるのが窓越しに見えた。小石田は小学生みたいに小さいくせに顔は老けていて特徴的なので、見間違えるはずがない。プライドが高く、小柄であることをからかわれると顔を真っ赤にして怒るので有名だった。こんな身体も器も小さい男にだって妻子がいるんだから、世の中は面白いものである。


 直観で、ふたりを尾行したら興味深いものが見られるぞ、と思った。私は電車を乗り移り、バレないように観察を始めた。


 電車は終着駅に着き、寂れた町で私たちは降りた。こんなところに来て何をするのかと訝しんでいると、油断しきっていたのか、鍋詠美と小石田は手を繋ぎ始めた。男の方は馬鹿みたいにスキップまでしていて、私は笑いを堪えつつ携帯で写真を撮るのに忙しかった。ブレやしないかとヒヤヒヤした。


 間抜けなカップルはスキップしながらいかにも場末なラブホテルに吸い込まれていった。


 後日、私は不倫現場をおさえた写真を人事部とコンプライアンス担当者に提出した。ほどなくして小石田は地方の支部に飛ばされ、二度と本社でその姿を見かけることはなかった。鍋詠美もひっそりと会社を辞めていった。


「ね。直観に従えば、真実が見えてくるでしょう?」


 私はお昼にゴルゴンゾーラパスタを頬張りながら、どこかで聞き覚えのある声がそう囁いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢は魔術師の力を借りて浮気した夫と不倫相手に復讐することにした 66号線 @Lily_Ripple3373

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ