直観からの恋をはじめよう

伊崎夢玖

第1話

「次の角を曲がって」

「…どっちに?」

「左」

「おう」

「曲がったら、しゃがんで」

「しゃがむ?」

「そう」

「犯人、取り逃がすぞ?」

「…じゃぁ、死にたいの?」

「…しゃがませていただきます」


藤堂純一、十七歳。

今は仕事中。

俺には有能なバディがいる。

滝沢さくら、俺と同じ十七歳。

コイツと組んで、俺は仕事の完遂率がグンと上がった。

なぜなら、さくらの直観が百パーセント当たるからだ。



七緖探偵社。

ここは超能力を有する社員しか存在しない。

俺は時を操る能力を有している。

俺のほかには、テレパシーや透視、サイコメトリーの能力を有している人がいる。

しかし、七緖探偵社に属していながら、能力を持たない人間が一人だけいる。

それが滝沢さくらである。

彼女をスカウトしたのは俺だ。

コイツは俺の元バディである坂下さんの死を言い当てたのだ。


とある、雨が降りしきる昼下がり。

探偵社からの呼び出しで早退するため荷物をまとめていると、隣の席だったさくらに声を掛けられた。

「早退?」

「ん?…あ、あぁ」

「アンタの相方、死ぬよ」

「は!?何言ってんだよ」

「嘘でも冗談でもじゃないよ」

「…マジなのか?」

「うん」

「どうすれば回避できる?」

「回避不可能」

「どうして?」

「蜂の巣になって死ぬから」

蜂の巣ということはマシンガンか?

あり得ない。

探偵社の中で蜂の巣になって死ぬような愚かな奴いるわけがない。

さくらの言うことを半分ほど信じずに仕事に向かった。

結果、坂下さんは死んだ。

さくらの言う通り、蜂の巣になって。

この時の仕事は麻薬密売の現場を押さえるというもの。

かなり危険度の高い仕事だったが、俺と坂下さんなら失敗するはずない。

そう、慢心していた。

密売グループの一人が隠れていることに気付かずに突入し、撃たれそうになった俺を助けようと坂下さんが犠牲になった。

仕事自体は完遂したが、俺の中ではあの仕事は失敗だった。

社長は『気にするな』と言ってくれたが、気にしないなんてできるはずがない。

一週間仕事も学校も休んで家に引きこもっていた。

いい加減学校に行かないと単位が危ないので、嫌々ながら登校する。

(もう探偵社なんか辞めてやる)

自暴自棄になって、教室に入るとさくらと目が合った。

「おはよ」

「…はよ」

「どうだった?」

「何が?」

「アンタの相方。死んだでしょ?」

「……」

「だから言ったじゃない」

「……」

「嘘でも冗談でもないって」

「だったら、どうすればよかったんだよっ!」

滅多に出さないような大声でさくらに掴みかかる。

さくらに掴みかかったって問題は解決しないというのに、この苛立ちをどこにぶつけていいのか分からなかった。

「私を信じなさい」

「…は?」

「私を信じれば、誰も死なないし、怪我もしない」

「またまた…」

「じゃぁ、今日一日起こることを言い当ててあげる。英語の授業で、アンタは居眠りしてて先生から教科書の角で殴られるわ。体育の授業で、アンタは何もないところで躓いて右足の膝を盛大に擦りむくの。そして、午後の授業は出られない」

「出られないって?」

「お昼ご飯に当たってトイレと親友になってるから」

「マジで?」

「別に信じなくていい。これは予知でも予言でもないから」

「じゃぁ、何?」

「直観」

「ハハハ!直観って…」

「馬鹿にしててもいいよ。結果は自ずとついてくるから」

そう言ってさくらは教室から出ていった。

結果はさくらの言う通りだった。

トイレと親友になっている間、俺はただずっと考えていた。

さくらを探偵社に所属させて、俺の新たなバディにすることに。

しかし、さくら曰く、さくらの能力は直観らしい。

直観は超能力ではない。

ゆえに探偵社に所属させることはできない。

(どうすればいいんだ?直談判とか?)

ない知恵を振り絞っている間にチャイムが鳴り、今日の授業は全部終わった。

おなかも落ち着いたところで教室に戻ると、今まさに帰ろうとしているさくらと鉢合わせた。

「滝沢、話があるんだっ!」

「ごめんなさい」

「まだ何も言ってないだろ!」

「言わなくても分かる。面倒事に巻き込まないで」

「そう言わず…」

「嫌」

「お願いだから…」

「嫌」

「今回だけ…」

「嫌」

ツンとしたまま教室から出ようとするさくらの手を掴む。

「本当にダメなら帰ってくれていいから。話だけでも…」

「…話だけだからね?」

俺の話を聞かないと解放されないと感じたのだろう。

そう言うさくらの顔はすっごく嫌そうにしてたが見なかったことにして、急いで探偵社につれて来た。

「社長、入ります」

「おう」

ガチャと開けた社長室には社長というよりサーファーの方が似合いそうな小麦色の肌に金髪に近い明るい茶髪のおじさんがいた。

「社長の田所だ。とりあえず、そこに座りたまえ」

「はい」

さくらは言われるがまま、ソファーに座る。

「話は純一から聞いている。君はどうしたい?」

「どう、と言われても…」

「うちは超能力を持つ者が所属している。君の隣にいる純一も超能力を持っている」

「それはなんとなく分かります」

「じゃぁ、私は何の超能力か分かるかね?」

社長の能力は俺ですら教えられていない。

というか、探偵社にいる人間だれ一人として知らない。

いわゆるトップシークレットというやつだ。

「ん゛ん゛…」と五分ほど悩んだ後に、そっと社長に耳打ちする。

すると社長がパァと明るい顔をした。

さくらの言ったことが正解ということらしいのは社長の表情を見れば一目瞭然だった。

「ようこそ、探偵社へ。君を歓迎する」

「いや、私はまだ所属するとは言ってなくて…」

「…バイト代弾むよ?」

「よろしくお願いします」

あんなに俺が頼み込んでも首を縦に振らなかったのに、給料が弾むという言葉だけですんなりと首を縦に振るなんて…。

まぁ、人間なんて所詮金だよな。

切ねぇ…。

そんなこんなしている間に、さくらの探偵社への所属が正式に決まり、それと同時に俺の正式なバディに決まった。

以降、さくらと仕事をして完遂率の上昇と共に俺のモチベーションも上がった。

全てはさくらのおかげと言っても過言ではなかった。



それからしばらく時間が経った。

気付けば、さくらのことが気になって仕方ない。

気を抜くと、さくらばかり目で追っている。

親しげに男子と話していると何を話しているのか、気持ちが落ち着かなくてそわそわする。

これが恋というやつなのか?

仮に恋だったとしても、実ることはまずないと分かっている。

さくらは俺に対して冷たすぎるほどに冷たい。

クラスメイトには笑顔で話していても、俺が一言話し掛けるとスンと無表情になる。

嫌われているわけではないようだが、どうにも落ち込みそうになる。

どうすればさくらを手に入れることができるんだ?

分からない。

今まで恋なんかしたことなかったから。

女子の落とし方なんてまるで知らない。

少しでもさくらの気を引く作戦を考えていると、携帯が鳴った。

暗号メールだ。

『ま・や・く・み・つ・ば・い・の・げ・ん・ば・お・さ・え・ろ』

あの日以来の麻薬密売の現場を抑える仕事か…。

乗り気はしないが、仕事は仕事。

割り切ってやるしかない。


そして、冒頭に戻る。

耳にはめている無線機からさくらの指示を受けつつ、犯人を追っている。

しゃがむと銃弾が頭を掠めた。

さくらの指示がなければ、今頃地面とキスしていたはずだ。

さくら様様である。

「次はどうしたらいい?」

「……」

「おい?さくら?」

「……」

途端に無線が通じなくなった。

妨害されている感じではない。

おかしい。

嫌な予感がして、さくらが待機している場所に急いだ。


待機場所に到着すると、さくらが襲われていた。

まさかの予感的中。

あたりを見回すと、武器になりそうなものは鉄パイプしかない。

銃と鉄パイプ。

圧倒的不利。

でもないよりマシだ。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

犯人に向けて振り被る。

その刹那パンッと乾いた音が響き、カランカランと鉄パイプが地面に落ちた音がこだまする。

俺は右の二の腕を押さえて倒れる。

銃弾が肉を抉った痛みでのたうち回る。

犯人は俺が振り下ろした鉄パイプで頭を殴られ、意識を飛ばしている。

「純一っ!」

「怪我はないか…?」

「馬鹿」

「…助けてもらっておいて、それはなくね?」

「コイツは私の体が目当てだっただけなのに、命懸ける馬鹿がどこにいるのよ!」

「…ここにいる」

「超能力、使ったの?」

「…忘れてた」

「本当に馬鹿…」

「仕方ないだろ…夢中だったんだから…」

ポロリとさくらの目から涙が一滴落ちた。

その時何かを感じた。

これが直観なんだろう。

(さくらは俺を好きになる)

絶対にそうなると自信があった。

本当はいいムードの中かっこよく言いたかったけど、今を逃すわけにはいかない。

未だ泣きじゃくるさくらをそっと抱きしめ、言葉を告げた。

「俺のバディじゃなくて、彼女にならね?」

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直観からの恋をはじめよう 伊崎夢玖 @mkmk_69

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