香神荘の事件の真相
久世 空気
第1話
香神荘で殺人事件が発生した。
殺されたのは大手食品会社の会長。その日は別荘に身内のみを集めて孫娘の誕生パーティーの準備をしていた。被害者は途中「仕事が残っている」と書斎に入っていた。それからたった30分後に悲劇は起こる。被害者の妻が書斎に行ったが彼はいない。そこに悲鳴が聞こえ、声の方に行くと、屋根裏部屋で被害者が大量に血を流していた。
「コウジンソウ?」
「いや、カガミソウと読む」
事件の現場に向かう道中、城西がネットで別荘の名前を調べ思わず口にすると、先輩刑事の戸道がすかさず訂正した。
「有名な別荘なんですか」
「香神荘は貸別荘だ。ただ誰でも借りれるわけじゃない。オーナーが占いで貸し出し可能か決めるそうだ」
「は? 占いですか? どういうことです?」
「香神荘を借りることが出来たら成功するそうだ。起業家や作家、芸能人なんかがこぞって借りたがっているらしい」
ハッと城西が鼻で笑った。
「女は皆、占いとかジンクスとか好きだと思ってたけどな、お前は違うのか?」
戸道がひげのそり跡を自分でジョリジョリ触りながら聞いてくる。
「嫌いですね。幽霊、妖怪、UFO。そういった類いは、全般嫌いです」
「まぁ、お前のそういうはっきりしたところは長所だけどさ、香神荘のオーナーには言わないようにしろよ」
「分かってますよ。あ、あの建物ですね?」
香神荘は田舎の山の中にある洋館だ。途中で道がなくなるため山の麓に車を停めて30分ほど歩かないといけない。救急車も通れないこんな場所では殺人事件がなくても不便だろうというのが城西の最初の感想だった。
通報したのは別荘のメイドだった。この別荘は執事、メイド、料理人もオプションで貸し出されるそうだ。メイドは遺体を発見した被害者妻をなだめつつ、すぐに通報し、別荘内にいた人々をまとめ、現場保全に務めたという。
「お亡くなりになっていた屋根裏部屋は、別荘の備品などを保管する物置部屋です。ドアに鍵は付いていません。窓はなく、出入り口はドアのみです」
メイドが説明しながら城西と戸道を部屋に案内してくれた。つんと、血のにおいが鼻をつく。城西が一課の刑事になったのはつい最近だ。すでに遺体が運び出されているとはいえ、こういう場所はまだ慣れない。特に今回は遺体が滅多刺しされて出血が酷いらしい。
「こちらです」
メイドがそう言う前に部屋の中から流れ出した血が見えた。覗き込むと床だけではなく、壁、天井にも血が飛び散っている。
城西はふいに足に力が入らなくなった。
「大丈夫か」
戸道が城西の腕を掴む。怒られるかと思ったが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「はい、ありがとうございます」
答えながら、城西は上の空だった。この部屋を見た時から、ある考えが頭から離れないのだ。
(これは人によるものではない)
そして
(これは幽霊の仕業だ)
「これ、人の仕業じゃないですよね」
無意識に口にしていた。戸道は「うん?」と首をかしげる。
「獣だって言いたいのか? 野犬か、熊か? ないな。どちらにしてもここまで上ってくるまでに何人も人間がいたんだ。その人たちが襲われずに被害者だけ狙われるなんてことないだろ」
馬鹿なことを言ってしまった。
でもこれは人じゃない。
幽霊? ありえない。でも……。
「ここは俺に任せて、外に出とけ。な?」
戸道は城西が現場の惨状にショックを受けたのだと勘違いしているようだった。
だが実際城西は自分が直観的に「この部屋で起きた殺人事件の犯人が霊的なモノ」だと考えてしまったことにショックを受けていたのだ。
それから1週間、捜査は早くも暗雲が立ち始めていた。
妻が被害者を発見したのは殺害直後。だが屋根裏部屋に行く階段では誰ともすれ違っていない。また十数人いたパーティーの参加者は、それぞれ準備をしていてアリバイといえるものはない。そもそも凶器が見つかっていない。動機の面から探ろうにも、被害者は仕事関係ばかりか身内にまでも嫌われていた。唯一、孫娘だけ「おじいちゃんすきー。おかし、いっぱいかってくれるー」と好かれていた。
「こりゃ、孫娘の方が大物になって成功しそうだな」
という戸道の軽口を無視して城西は仕事に没頭しているふりをして、パソコンにかじりついていた。
本当は怖い。怖くてたまらない。
あの別荘はおかしい。人を惨殺する、得体の知れないものがいる。
それも怖いけど、なんの確証もなくそう思う自分が一番怖かった。
「そういえば被害者の奥さんの実母も、香神荘を借りて成功していたらしい」
「どんな成功ですか?」
特に興味はなかったが、あまり相手にしないのも失礼な気がして聞いてみたら、とんでもないビックネームが出てきて、城西は仕事の手を止めた。
その人物は20年前、我が国のみならず、世界の人々をも魅了した婦人服のデザイナーだった。彼女がいなければ男女不平等はあと10年続いていただろうといわれている。これは、確かに文句なしで成功と言える偉業だろう。
「奥さんつながりで別荘を借りられたんだろな」
「あれ? 占いで決めるんじゃなかったでしたっけ?」
いやいや、と戸道は手を振る。
「それは変な輩を断る口実で、本当はそういったツテで借りれるらしい。客を選んでるんだな」
なるほど、占いよりよっぽど信頼できる話だ。
普段の城西がそう考えている同じ脳で、香神荘におびえる城西が「得体の知れないものがいるから簡単に貸せないんだな」と恐怖に正当性を持たせようとする。やめろと、頭を強く振った。
「どうした?」
戸道は最近の城西の変化に気づき始めているようだった。このままではいけない。事件を解決するのが私の仕事だ、と言い聞かせる。
「戸道さん、もう一度、香神荘に行って良いですか?」
香神荘の周りをじっくりと歩く。戸道は中でメイドと話をしている。
そういえばここのオーナーはどうしているんだろう? 事件と関わりなしと判断されたが自分の不動産が傷物にされたのに表に出てきている様子はない。
それにしても綺麗な洋館だ。庭の手入れも行き届いているし、自然に囲まれて空気も良い。山の中にぽっかりと空いた空間だ。騒音とは無縁。休日、多少山登りをしてでも来たくなるのかもしれない。だけど城西にはここが幽霊の巣窟にしか見れないのだ。
そろそろ戸道の所に戻ろう。再度事件の様子を聞き、事件が起こるまでの管理状況も聞き・・・・・・。
「失礼しま・・・・・・あっ」
考えながら館内を歩いていたら間違えた部屋に入ってしまった。普通ならすぐに出るが、城西はそこで固まった。
6畳ほどの部屋の壁には10ほどのディスプレイが光っていた。
(監視室?)
まさかあの外観の、ただの貸別荘にこんな部屋があるとは思わなかった。
ディスプレイを見たところ洋館に向かう山道に、入り口や庭にもカメラが設置されているようだ。館内のロビーや廊下も映し出されているが、さすがに個室には付いてないようだ。悪趣味ではなく防犯用なのだろう。
(これを誰も知らないの?)
知っていたら捜査会議にも上がるし、その日の録画内容の検証もあるはずだ。まさかオーナーが秘匿しているのだろうか。
城西は一つの画面を凝視した。それには屋根裏部屋の入り口が映っていた。あの部屋には出入り口は一つしかない。当日の映像には確実に犯人は映っているだろう。
「見つけてしまいましたね」
心臓が跳ね上がった。振り返るとメイドがうっすら笑みを浮かべて城西を見ている。
「あ、あなた、防犯カメラを知って」
「ええ、もちろん」
動揺する城西をよそに、メイドは部屋の脇に置いてあるパソコンを操作する。彼女が事件の日の屋根裏部屋前の映像を再生させたのはわかった。
――被害者が逃げるように、追い詰められるように階段を上ってくる。
『おい、なんなんだ、やめろ!』
被害者には何かが見えているようだが、彼以外誰も写っていない。
屋根裏部屋に入り、ドアを閉めるがバネでも仕掛けられているようにドアが再び開く。
『ギャッ!』
短い悲鳴の後、破裂音がし、廊下に血しぶきが写る。そしてすぐに、被害者の妻が階段を上ってくる――。
「奥さんは、誰も見ていないと証言して……」
「ええ、見ていませんよ。誰もいませんから」
――被害者の妻は悲鳴を上げた。そこにメイドが現れる。惨状を見ると、すぐに執事を呼び部屋に誰も入れないよう指示し、自分は呆然とする奥さんをかばいながら階下に降りていく――
「これ以降見ても、誰も部屋から出てきませんよ。警察が来られる場面まで続けますか」
城西はゆるゆると首を横に振った。混乱しつつ「やっぱり」という気持ちもあった。
「この香神荘には何がいるの?」
城西の質問にメイドはふっと笑った。
「私にもあの正体はよくわかってないわ。ただ3人成功させ、1人捧げないといけないの」
「3人のために、1人を犠牲にするってこと?」
「そんな小さい話じゃないわよ。ここで得られる成功は個人のモノではない、この国の政治、経済、文化のための成功よ」
なぜこの女はこんなに堂々としているのだろう。どんな理由であれ人が死んでいるのだ。許されることではない。
「この事件は奥さんが偶然死体を見つけてしまったから『事件』になったけど、予定通り私が見つけていたら『事故』になっていたのよ?」
「え?」
「言ったでしょ? 個人うんぬんの話じゃないの。国よ。ここで成功した人も、死んだ人も、この香神荘も、この国を回すための道具なのよ。ずっとそうやってこの国は成り立ってきたの」
「ずっと……?」
メイドがうなずき、城西はその場に崩れ落ちた。
「それにしても、あなた面白いわね。たまにこういう偶然は起こるけど、すぐに勘付く人はいないわよ」
女はかがみ込んで城西の耳元でささやいた。
「あなたは直感だと思ってたみたいだけど、それ、霊感だと思うわよ。信じたくないだろうけどね」
香神荘の事件の真相 久世 空気 @kuze-kuuki
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