エンジョイリケジョの文字パズル

御剣ひかる

一緒にいるよ

 幼馴染のアカリはエンジョイリケジョだと僕は思っている。

 いわゆるガチガチの理系的思考ではなくて、ちょっと理数系の科目が得意だから二年生に進級する時のクラス分けもそっちにしようかなー、的な感じの。

 それじゃ大学はどこにするのかとか、どんなところに就職したいとかは、あんまりしっかりとは決めていない感じっぽい。

 っぽい、というのも、その手の話があまりできてないから。

 彼女とは仲がいい。けど、あんまり「重い」話はしない。

 なんとなく、僕がそれを避けている。

 だって、具体的な将来の話をしてしまうと、アカリと僕との道がこの先どんどん離れて行ってしまうのではないかって不安が、現実のものになってしまうだろうから。

 僕らは当たり前のように小学校、中学校と同じ学校に通って、高校も同じ学校を受験した。

 アカリがどう思っているのかは判らないけれど、僕が彼女と同じところにいたかったから。

 中学の時はよかった。得意科目が真逆だからお互いに苦手なところを教えあってカバーしあえた。

 高校一年もそうだった。

 けれど、二年生に進級するのに、理系と文系に別れなければならない。

 数学と化学が得意なアカリはきっと、いや間違いなく理系クラスに進級を希望するだろう。

 僕は、その二科目が成績の足を引っ張っている。

 文系に進まないと落ちこぼれるだろう。

 ここにきて、あぁもっと勉強しておけばよかったと後悔したがもう遅い。

「サトシ、おまえ文系クラスだろ? カノジョと別れちゃうな」

 僕と彼女の仲を知る友達がからかってくる。

「アカリはカノジョじゃないよ」

「あれ? 俺、アカリちゃんのことだなんて一言も言ってないぞ」

 けらけらと笑われた。

 むぅっとする僕に、悪友がささやいた。

「おまえらの関係って、まだ『幼馴染』だけか。さっさとコクっちまえよ。きっとアカリちゃんだって待ってるはずだぞ」

 そんな簡単に言ってくれるなよ。

 もしアカリが本当に僕のことを単なる仲のいい幼馴染としか思ってなかったら、進路どころか今の僕らの関係までバラバラになってしまう。

「サトッチ、クラス分け希望出した?」

 うじうじと考えてる僕に、当のアカリが話しかけてくる。

「ううん、まだ」

「えー、サトッチ、迷うほど理数の成績よくないじゃん」

「ほっとけ」

「ごめんごめん。理数系で何か将来の希望見つけたとか?」

「そういうわけじゃないけど」

 アカリと離れるのが嫌だから。

 その一言は、胸から喉にせりあがってきて、のどぼとけで引っかかった。

「アカリは? 出した?」

「うん」

 彼女はあっさりとうなずいた。

 そりゃそうだよな。迷う必要なんてないだろう。

 現実を突きつけられた僕が「そっか」って相槌をうったら、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべた気がした。

「何に迷ってるか知らないけど、んーっと、ちょっとまって」

 アカリは宙を仰いで何か考えてる。

 よし、と手を打ち鳴らした彼女が、手帳を取り出して何か書いた。


『9 17 9 C C 5 2 17 9 14 8 19 F 15.』


 可愛らしい文字で、何か暗号のようなアルファベットと数字の並び。

「制限時間は一分でーす」

 得意げに笑う彼女に慌てた。

 一分? 短すぎるっ。

 推理じゃなくて直観じゃないと解けないんじゃないか?

 えーっと。

 何か伝えたい言葉?

 文字列と彼女のニコニコ顔。

 あ、十六進数かっ。

 前にアカリとの話題に出て軽くブームになったからすぐに判る。

 十進数に直すと「9 23 9 12 12 2 5 23 9 20 8 25 15 21」。

 これをひらがなに?

「あと十秒。テーン、ナーイン」

 なんでそこで英語。

 ――あ! 英文か。そういえば最後にピリオドがある。

 I will be ……。

「判った。僕、文系にする」

「せいかーい」

 アカリの嬉しそうな顔に、ほっとした。

「でも、いいの? アカリは理系の方が得意だけど」

「わたしは誰かさんと違って、文系も不得意じゃないからねー」

 くっそ!

 悔しいけど、嬉しい。

 彼女が彼女の意思でそばにいてくれるんだ。

 僕ももっと勉強頑張ろう。

 次の大きな進路の決定の時には僕から気持ちを伝えないと。

 んーっと、「I love you」って十六進数に直したらどうなるかな。



(了)

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