等幅

時刻はお昼を少し過ぎた頃。


昼食後の眠気を何とか耐え、次の時間を告げるチャイムを待つ。

だがその日は肝心のチャイムが鳴っても、休み時間のようなどこか浮ついた空気感は拭えることなく普段の授業前に存在する張り詰めるような感覚はいつまで待っても訪れない。


それどころか、騒がしいまである。


俺の視線の先では、一人の先生が説明をしている姿が目に入るが

その説明を聞いているなかで真剣に耳を傾けようとしているのはわずか。

その他大勢はお喋りを楽しんでいる。


そんな光景を前に先生達は生徒たちを叱るわけもなく放置していた。


…だが、それも仕方ないことなのかもしれない。


なにせ、話している内容は大して変わってないのだから。


俺の記憶違いでなければ、さっきから多少の言葉の違いはあれど内容自体はループしていた。


「緊張してるの?」


そんな周りの浮ついた空気感に流されたように

隣の琴音が小声でおちょくるように俺に話しかけてくる。


「そんなわけ……」


思っていたよりも上擦ってしまった声にしまったと顔をしかめると

思った通りの反応に嬉しそうな顔の琴音が歯を見せて笑う。


こうなっては仕方がない。下手に隠そうとしても無駄な抵抗になる

いっそのこと、開き直った方が幾分かマシだ。


「しょうがないだろ、俺はこういった人前に出るとか慣れてないんだよ」


「私だって、そんなに慣れてるわけじゃないけどね…」


遠慮がちに呟かれた言葉は、どこか自身なさげではあったが

それでも俺の余裕のなさに比べればマシな部類だった。


「俺に比べたら経験はあるだろ」


指を唇に当てて少し考える素振りを見せると「そうかも?」と曖昧な返事。


恥ずかしそうににへら笑いを浮かべる琴音をあまり直視しないようにしながらそっと話題を変えた。


「ま、俺らのやることは案内がほとんどで、全体の前であれこれ説明するようなことは無い。案内が終わったら各部長にバトンパスするだけの簡単なお仕事だ」


そう言って、先程の先生に視線を戻す。


俺たちが話をしていた間もずっと説明を続けているが

真面目に聞いてくれている生徒は先程よりも減っていく一方。


それもこれも、部活動の方の準備が中々終わらないからなのだが。


————そう思っていると、どこからともなく

先生達が集まっている一角に教頭が入っていくのが見えた。

手には、何やらチェックリストのようなものを持っている。

おそらく、各部活動ごとに体験内容の安全確認でもしてきたのだろう。


それで、ここまで遅れた原因も理解できた。


まぁ、何はともあれだ。どうやら部活動の方も準備がおわったらしい。


その様子を何気なしに遠目から眺めていると、教頭の視線が一瞬だけ俺たちの方に向けられるが気のせいかのようにすぐに視線から外れた。

何か俺たちに言いたいことでもあるのだろうか。


先日の一件もあり、大体の予想はつくが…。


ついつい、悪態をつきたくなるのを我慢するが

表情に出てしまっていたらしく。


心配した琴音の声が隣から聞こえる。


「大丈夫?緊張して顔が怖くなってるよ」


どうやら、緊張しているせいで顔が強張っていると誤解してくれたようでひとまず勘づかれなかったらしい…。


「琴音も緊張すると般若みたいな顔になるからなー、気をつけろよ」


「…そんな風に思ってたんだ」


心臓を直接掴まれたかのように錯覚するほど

冷え冷えとした声に当てられて恐る恐る琴音を見る。

そこには文字通り鬼がいた。


「いや、…今のは言葉の綾というか…。

あの…、ほらっ…美人って怖いって言うだろ」


今度は少し俯いた状態で無言で睨みつけられた。

ただ、どことなくいつもの怖さを感じない。

この調子なら、案外許してくれるかも…。


「それに、あれだあれ…」


「もういいから……ちょっと黙って」


俺が最後まで言い終わる前に、キッとした声音でシャットダウンされた。


もはや、こちらに見向きもしない。


「…………から」


前半部分に関しては、ほとんど聞こえなかったが

怒ってるわけではないらしい。


ほとんど内容は聞き取れなかったが、ここで聞き返したら次こそ怒られる。


その予感だけははっきりとあった。


だからこちらもてきとうに相槌を打っておくだけに収める。


「…そっかぁ~」


しばらく、何とも言えない状態のまま、俺は聞く気もないのに何とかこの場を持たせるために時間稼ぎのために一生懸命、誰も聞いていない話に耳を傾けていた。

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