不器用な気遣い

しばらくして、ようやく先生達の間で話がまとまったのか。


時間稼ぎを行っていた先生がホッとした顔で退いていくと代わりに教頭が一年生の前に立つ。


入学式の際に軽く名前を知る機会はあっただろうが、

ほとんどの生徒は記憶にないようで初めて見たような反応。

そして、教頭が出てきたことに対する困惑の色が手に取るようにわかる。


大体、こういうときは学年主任の先生が立つことが多いように感じるが

今回は特例ということだろうか。


わざわざ一年生達の前に出てきたのだ、さぞありがたい言葉を掛けてくれるのかと思っていれば


教頭が話している内容そのものは先程と大差ない。



—————だが、その話を聞く側の態度だけ明らかな変化があった。


もし、小学校のように「静かになるまで何秒かかりました」というのを

今ここでやったとしたら、物の数秒も掛からなかっただろう。

教頭にここら一帯の周りの意識が集中しているとそう感じるほど。


すこし教頭から視線を外すと、先生が集まっているところでも同じような反応が見られる。察するに、職員会議でも同じような光景が繰り広げられているのだろう。


「それでは、案内役のお二人。ちょっとこちらに出てきてもらえますか?」


ふとこちらにそんな声が掛かるが、周りの反応を興味深く観察していた俺は琴音に背中を突かれるまで呼ばれていることに気づかなかった。


おずおずと、一年生達の前に出てくると教頭から俺と琴音にも視線が向き始める。


何処を見ればいいのかわからないが、とりあえず俺たちをここに呼び出した教頭に視線を向けると


その視線を受けてか、教頭が説明を始めた。


「今日、部活動紹介の案内をしてくれる広川さんと穂村君です。広川さんは主に女子の運動部。穂村君は男子の運動部の案内をしてくれます。一応、周りには先生方もいらっしゃいますが、基本的にわからないことはお二人にお願いします」


『おい、話が違うぞ…。質問を受けるとか聞いてない』


心の中で呟くがその答えを持っていそうな人は

残念ながらこの場に同席していない。


あと琴音が出てきた瞬間ちょっと目を輝かせていた男子諸君、残念ながら男子の案内は俺なので、そこんところよろしく。


「それでは、少し時間も押していますし、早速ですがお二人とも安全に配慮してお願いします」


それだけ言うと、教頭はこれ以上は

自分には関係ないとそそくさとその場を離れていった。


何とも仕事熱心と言うべきか、自分の役目を終わらせたら、後のことに興味はないようだ。


まぁ、らしいといえばそうなのかもしれないが。


————————■□


さっそく体育館に移動してきた俺と琴音は一年生を連れてくると

あとは邪魔にならないように体育館の端っこの方に退避してきた。


目の前ではバレー部やら、バトミントン部やらが

何やら大袈裟かつコミカルな動きで…必死に頑張っている。


『普段は絶対にその動きしないだろ…』


そんなツッコミは一生懸命頑張っている部活動生に申し訳ないからおくびにも出さないが…。


だが、こうなるのは仕方がないと言えば仕方がない。


なにぶん体育館の部活動においてはスペースが足りないとの

理由から自由に見学の形を取っているのだが…。


その関係で体育館では少しでも一年生達の目を引くように

壮大なアピール合戦が繰り広げられている。


だが、この場において一番の問題点はアピール合戦になっていることではなく…。


人目を引いてしまう部活動が本来、他の部活動に

行くはずの見学者まで引き寄せてしまうことにあった。


そんなことを考えているとちょうど黄色い悲鳴が体育館を反響して聞こえてくる。


その黄色い悲鳴の中心にはやはりと言うべきか、件くだんの問題児。

シュートを一本決めるたびに笑顔で一年生に手を振り、その憎たらしいほど爽やかな笑顔を振りまく祐樹がいあくがいた。


「よっしゃー!もう一本」


さながら、アイドルの握手会のような状態にバスケ部の顧問はというと…、もはや視線さえ向けていなかった。


もう、勝手にやってくれとそう言わんばかりの放置具合。


確かに、別に悪いことをしているわけでもないので

こっちとしても注意しずらいものがあるのだが

これでは、そもそもこういった形を取る意味が無くなる。


そう思って、俺も重い腰を上げると、

同情するような視線をくれた琴音が半ば諦め気味にポツリと呟く。


「…頑張って」


「あのままだと、さすがに周りの部活が可哀そうすぎるからな…他のことは頼んだ」


「了解」


一言二言だけ言葉を交わすと、俺はその場を離れて男子バスケ部のコートに近づく。


すると空気を読まない俺に不満を隠さない不躾な視線が集まるが、

こればっかりは納得してもらうしかない。


そのまま男子バスケ部の顧問に怪訝な視線をもらいながら

許可を取って問題の渦中である祐樹に声を掛けた。


「ちょっと来い、そこのやつ」


「ん・・?何で雅哉がここに居るんだ?」


「ちょっと頼まれてな、手伝いだよ」


祐樹には、俺がどうしてここにいるのかは説明してないし

聞かれたとしてもどうせ詳細を話すわけにはいかない。


妙に勘が良い祐樹に接触するのはあまり良い策とは言えないだろうが

ここではそのリスクを冒してでも、それを選んだ。


「ここじゃなんだから、ちょっと体育館の外に来い」


「んー、そうかわかった…。先生ちょっと雅哉と話してくるんで外します」


顔も良く知らないバスケ部の顧問が祐樹の言葉に頷くのを確認して

体育館を出てくると涼しい風が感じられた。


人口過密気味だった体育館を出てくると春の涼しげな風が心地よい。


「それで?…どうしたんだよ?」


『さっそく本題とは…なんともせっかちなやつだな』


まぁ、呼び出しておいてなんだが…。


「単刀直入に言うと、お前が目立ちすぎて他の部活の邪魔になってるからこうやって外に連れ出した」


「邪魔って酷くないか…」


鉄の心臓だと思っていたが、意外にも脆いところもあるらしい。

…もうちょっとオブラートに包むべきか。


「悪い、邪魔は言い過ぎたな。目障りの方がいいか?」


「それどっちも意味同じだろ。……まぁ確かに悪目立ちしてる感はあったけどな」


祐樹は軽く苦笑すると、頭を掻く仕草をする。


『自覚あったんだな』


「おーい、顔に出てるぞ」


「ま、わかってるなら話が早いな。そういう訳だから少し大人しくしとけ」


俺がそう言うと、祐樹はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。

こうなるかな…とは予想していたが。


「話は分かったが、俺がその要求に従う必要あるのか?」


こちらとしても祐樹が素直に話を聞かないことくらい予想済み。悪目立ちしていることに気づいて、そのことで周りに良くない影響を与えている。そこまで、わかっていて目立つようなことをしていたのだ。

確信犯であることに間違いない。


何で、そこまで理解して止めなかったのかまではわからないが。

いま考えるべきは、こいつをここに引き止める術。

要は交渉材料が必要なわけだ。


「お前が昔、いつも口癖のように言ってた必殺技の話。…バラしてもいいんだぞ」


ある程度のことは、突っぱねようと思っていたのか

祐樹の余裕のある表情がそれを聞いて段々と崩れ落ちる。


「お前なぁ…それを持ち出すとか容赦なさすぎるぞ」


「こうでもしないと、お前は引き下がらないからな」


『さっすが、親友。よくわかってるぅ』みたいな視線を感じるが

こっちとしてはあんまり嬉しくない。


こいつを説得するためにこっちは悪者になっているのだ。

その張本人に褒められても…。


「いいから、とりあえずあと数分はじっとしとけ」


「え?何で?」


「あと、数分もすればここから移動だからな」


俺がそう言うと何か合点がいったのか、『あぁ…なるほどな』とか

言うのが隣で聞こえた。


※※


……数分後、琴音が俺を呼びに来ると、祐樹の目が爛々と輝いて

どういうこと?と説明を求めてきたが、意地でも無視した。

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