協力者
いつも…といってもここ二日くらいだが、すっかり見慣れた気がする廊下を歩きながら昨日のことを思い出していた。
幸い、心配していた不審者情報は回ってはこなかった。
それとなく、相良先生にも探りを入れたが、かえってこっちが不審がられるくらい。
時間帯的に帰宅部とも部活動生の帰る時間に合わなかったのが目撃者を少なくしたことで功を奏したのかもしれない。
それにしても結局、事の顛末としてはあのお爺さんの心配し過ぎなのか
それとも、それだけ心配になるような孫なのか。
あの時間校内に残っている生徒となると、自ずと部活動生が視野に入るが………。
そこまで考えて俺の狭い交友関係から導ける気がしないと結論を出した。
お爺さんの言う通り。機会があればその人物にも会う機会があるだろう。
ひとつ大きく息を吐くと、目の前の教室に入る前に頭を生徒会の件に切り替えて教室に入る。
「失礼しまーす」
「入ってます」
「失礼しましたー」
ピシャっと扉を閉めて、回れ右をするとすぐに
冷静になった頭で一連の流れで気になる点を洗い出す。
まず一点目。
ここは教室であってトイレの個室でも更衣室でもない。
入るのに許可は必要ない。
次に二点目。
一瞬だけ見えた俺の言葉によくわからない返事を返した人物の後姿には見覚えがあった。見間違いの可能性もあるが、印象的な背格好にあの雰囲気の人間が二人も三人もいてもらっては困る。
だが、そうなるとわからないことがある。
「雅哉?何してるの、早く入れば?」
教室の前でじっと考えごとをしていた俺を不思議そうに
見上げる琴音の姿に曖昧な返事を返す。
「いや…何というか、入っていいのかなぁって…」
「ん?どういうこと?入ったらダメなの?」
俺の言葉に要領を得ないまま、困った表情を浮かべた琴音は
このままじっとしていても埒が明かないと思ったのか
俺が躊躇した扉に手を掛けようとする。
その直前で琴音の腕に手を伸ばして引き止めると
琴音の顔には珍しく動揺が浮かんだ。
慌てているのか、口をパクパクしているのはわかるが
何を言わんとしているのかは想像するしかない。あとで、然るべき罰は受けよう。
それに微かに抵抗する素振りは見せているが
本気で抵抗するには力が弱すぎる。
どうするべきか、慌てふためいている様子の琴音の顔を
正面から真っすぐ見据えて問いてみた。
「知ってたのか?」
「え、え、どういうこと…」
視線を合わせないように、左右に視線が行ったり来たり。
その反応を見て、琴音の腕からぱっと手を放す。
しばらく呆気に取られていた琴音だったが、すぐに復活すると
琴音が俺に説明を求める!とばかりにポカポカ叩いてくる。
今の反応で分かったがおそらく琴音は何も知らない。
ということは、先生のどちらかが呼んだのか、もしくは先輩自ら来たのか。
そうこうしている間に教室のドアがいきなり開いた。
「二人とも早く入ってきてよ、僕一人だと寂しいんだけど」
人懐っこい笑みを浮かべて、こちらに笑いかける人がそこにはいた。
「すみません、翔太先輩が来てるとは思わなかったのでちょっとびっくりしてました」
「そうなの?須藤先生にこの教室だって…。あぁ、いや…事情は理解したよ。」
話が早くて助かる。まずは何で先輩がここに居るのか聞くことにしよう。
————————!!
夕日が差し込む教室。こちらにまっすぐに伸びた背筋を向けている人は
この間の始業式で全校生徒の前に堂々と立っていた人のもので間違いない。
伊織翔太先輩。
現生徒会長兼、陸上部部長。挙げればきりがないが教師陣の信頼も厚く、後輩である俺たちの学年からの信頼も高い。俺たちの目標となる人である。
「あの…先輩?」
つい先ほどまで翔太先輩の登場でロボットのようになっていた琴音が目の前の人物の存在を確かめるように聞くと、それに呼応するように、翔太先輩の方も返事を返す。
「うん、どうした後輩」
————俺は何を見せられているのだろうか。
何とも言えない感情に渦巻かれていると、神経の図太そうな声が廊下側から聞こえてくる。
「伊織、もう来てたのか」
声の方向に目を向けると、ドアに寄りかかって立つ須藤先生。
その視線が今度は俺たち二人に移動する。
「今日は相良先生が忙しくてな、代わりと言ってはなんだが昨日話していた作戦の説明のために伊織生徒会長様に遥々やってきてもらった」
作戦。昨日話していた一発逆転、天衣無縫の作戦とやらだろうか。
相良先生の代わりなら須藤先生に説明の責任はありそうなものだが翔太先輩から話を聞ける方がこちらとしても助かるし、ここは大人しくしておこう。
winーwinの関係ってやつだ。
須藤先生がその後の説明を翔太先輩にすべてを丸投げすると
そのバトンを受け取った翔太先輩の説明が始まる。
「作戦…なんて大層な名前にしてるみたいだけど
二人には生徒会の手伝いをお願いしに来たんだよ」
琴音が恐る恐るといった様子で質問を投げかける。
「生徒会になることを見据えて…ってことですか?」
勿論、その側面もあるだろうが
それだけだと須藤先生があそこまで大見得切った作戦にしては弱すぎる。
その違和感の正体を解き明かすべく、俺も琴音に続けて質問を続けた。
「生徒会の改革案。交渉材料に今の生徒会のお墨付きをもらうため…ですかね?」
少し驚いた様子で、ニヤリと俺の言葉に
笑顔を見せると補足するようにこうも続けた。
「今回の話は僕たちにとっても悪い話じゃないからね、利害の一致だよ」
その言葉に須藤先生も無言で頷く。
一瞬、二人の間で交わされた視線に作為めいたものを感じるが、
今は気にするべきはそこじゃない。
それに聞いても正直に答えてくれる保証もないしな。
俺たちに本当のことを黙っているのが
作戦の一部だとしたらこれ以上は野暮というものだ。
琴音がそのことに気づいてしまう前にさっさと話を進めてしまおう。
「それで、俺たちは何を手伝えばいいんですか?
それほどお役に立てるとも思いませんけど」
翔太先輩は俺の言葉に苦笑いで返すと、あまりそこには触れずに続けた。
「まずは、入学式の準備と案内。ここら辺をお願いするつもりだよ
一応、先生には許可を取ってるけど…二人の意向も聞きたいかな」
俺と琴音に関しては、部活でこういった行事の準備経験は
多いから具体的な説明は大して要らないだろう。
一応、確認するように、琴音を見るともちろん大丈夫といった表情で頷くとそのまま、視線を正面の翔太先輩に向ける。
「そういう訳なので、俺たちは大丈夫です」
「良かったよ、いい返事がもらえて、それじゃあよろしくね二人とも」
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