博打打ち

「………………というわけだ」


教室には椅子の背もたれ側に頭を置いて

座っている須藤先生がやりきった感を出して満足げにしていた。


「いや……………、まだ何にも聞いてないんですけど」


「だ~か~ら~、教頭が悪の権化なんだよ」


さっきからそれしか言ってない。むしろそれ以外の情報がない。


話にならんぞ、この先生…。


「先生なんだから、もうちょっとわかりやすく説明してくださいよ」


「おぉ、何だやる気か、穂村」


「いいでしょう、やってやりますよ、先生には色々と言いたいこともありますしね」


「よし、それじゃあ、あれで決着つけるか!」


あ・れ・か、…


それなら、こっちも引き下がるわけにはいかない。


「フッ…わかりました、先生そっち持ってください」


「おう、任せろ」


「あの…二人とも、今は遊んでる場合じゃ——」


相良先生の言葉に一旦作業の手を止めて振り返る。

その様子を見て、安堵したようだが、すみません先生。

これまでで一番の真剣な顔をイメージする。

…そう、戦場に向かう男の顔だ。


「先生、これは大事なことなんです」


「いや、だからね…」


なおも、俺たちを止めようとする相良先生の肩に

琴音が手を掛けてゆっくり首を振った。

琴音は理解してくれたみたいだな…。


※※


「先生、あの感じだと長くなるので私たちだけでも進めませんか?」


「…はぁ、須藤先生一人ならまだしも…」


「そこは…しょうがないですね、雅哉ですから」


「案外、二人とも同じ穴の狢か…」


————————!!


俺と須藤先生の間に準備されたのは普段から使っている学習机。

だが、これから行われるのは勉強ではない。


机の上にお互いの肘をつけて、左手で握手を交わす。


その競技の名は「腕相撲」


男と男の信念がぶつかり合った際に行われる

歴史ある勝負の方法である。


腕相撲において必要な要素は二つ。

それは開始と同時に試される瞬発力と

持久戦となった場合のこ・こ・ぞ・という時の勝負勘。


お互いに集中しているのかじっと微動だにしないまま時間だけが進む。

そのまま、30秒ほどのところでふと、須藤先生が口を開いた。


「ところで、穂村、これいつになったらスタートするんだ?」


「……それは考えてませんでした」


歴戦の格闘家のように見えない駆け引きをしていた…わけではなく。

ただただお互い、開始の合図を待っていた。

…始まりから何とも格好がつかない二人である。


勝負の外で余計な精神力を削られながら

仕方なく同じ教室にいるはずの二人にスタートの

合図をお願いするために視線を外した瞬間だった。


「スキありぃっっ!!!!」


教室に轟いたその声に反射的に左腕に力を込める。

一瞬だけ、優勢に持っていきかけたが…何とか踏ん張れた。


「おぉぉおっぉおっと、中々にやるな…穂村ぁぁ!!」


「その卑怯な手を使ってなかったらぁぁ!もう俺が勝ってましたよぉぉ!!」


———だが、決着がつくことは無かった。


バン!どんがらがしゃん!


気づけば肘を起点に体を支えていたはずの学習机が音と共に吹き飛んでいた。呆気に取られていると、支えを失った体が勢いよく目の前の人物に突っ込んでいくのがスローで見える。


ゴツン!


「うるさいですよ、二人とも」


「「はい…」」


————————!!


須藤先生と俺は椅子に座ることすら許されず地面に正座させられている。

心なしか琴音と相良先生とは少し離れたところに。


「それじゃあ、職員会議での情報共有をまず始めるわね。確認だけど生徒会の改革案、これを通すことが私たちの目標。現状、職員会議では二回決議が取られて、二回とも通ってない」


それって、結構ヤバいんじゃないの…。と思うのが当然だ。


既に二回も反対されているのだとしたら、

今後もそうなる可能性が高いということになる。


その不安を解消するためにも、俺たちはまずどういった状況に

持ち込めば可決に進むのかを知っておく必要がある。


そう結論付けた俺より先に、琴音が俺と同じような疑問を相良先生にぶつけた。


「生徒会の改革案を通すには具体的にあと何が必要になるんですか?」


「それについては、…ごめんなさい私たちも自信を持ってこれというものはないの」


それはどういうことだろうか?

イマイチ、話の全貌が掴めない。


それがわからないというのに、どうやってこの状況を解決するというのか。


「それなら必要なものより、改革案の邪魔してる存在の話をした方がわかりやすい」


地面に正座させられているわりに尊大な態度の須藤先生が

どこか怒りを感じさせる言い方をする。


それを咎めるような視線を送った相良先生だったが

須藤先生が折れる気がないと理解したのか

すぐに態度を軟化させた。


「確かに…、言い方には棘を感じますが、概ね言っていることは正しいですね…認めたくはないですが」


相良先生が負けを認めて、得意そうな須藤先生の顔を見ると

そう言いたくなるのもわかる。


「だから最初から言ってるだろ、教頭が反対に回ってるせいで

…その一票のせいで改革案が通せないんだよ」


そこまで、事前に説明があればさきほどから須藤先生が

連呼している断片的な情報と組み合わせれば答えは出てきた。


「つまり教頭が反対している理由を明らかにして、その対策をすれば通ると?」


「えぇ、そういうこと、だから逆手に取れば

教頭先生さえ説得できればこの提案は通ることになる」


「なるほど…、その交渉材料の一つが実績づくりってわけですね」


琴音の言葉に相良先生も頷く。


それを確認してから須藤先生も口を開いた。


「だが、実績だけでも決定打には欠けるな、もう一押し欲しい」


そこで、ふと廊下から聞こえていた会話を思い出す。


————————


「せめて反対する理由でも教えていただければ


解決の糸口が見えてきそうなものではあるんですけどね…」


————————


現状は教頭が反対しそうな理由を潰している段階。

例えば、新体制の生徒会にこれまでの選挙で

選ばれた生徒のように運営が出来るのか。

これの答えが今やろうとしている実績づくりなわけだ。


教頭が何を懸念しているのか、

それさえわかればピンポイントに対策を打てるわけだが

それが出来ないから、数打って当てようとしているのか。


事情がわかってくると先生たちが苦言を呈する気持ちもわかる。

これだと結局のところ俺たちのやっていることは

博打打ちにしかならない。


そのことをここにいる全員が理解して

教室中に暗い空気が立ち込めそうになったそのとき

一人だけ空気を読まず笑い出したのがいた。


「まぁ不安になる気持ちもよくわかるぞ諸君。

そんなこともあろうかとちゃんと対策は打ってあるさ」


俺たちが胡散臭そうなものを見る目になったのは説明するまでもない。

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