先行き

次の日、放課後になると俺のところにやってきた

祐樹を適当にあしらって、例の教室に赴く。


『なんか、隠してるだろ』なんて言われたが

こちらから言わない限りは知る由もないだろう。


それに親友とはいえ、生徒会のことはあまり話さない方が良い。

秘密をペラペラ話すようなやつだとはわかっているんだが

今回の件は、どこから話が漏れるかわからない。

出来るだけリスクは避けるべきだ。


祐樹は俺がさっさと帰る姿を見せるとすぐに諦めた様子だったが正直に全部話せない限り毎度毎度、このやり取りをするとなるのも面倒。


どうすれば、絡まれないかを思案していると教室に着いていた。


ここまで来るのには誰ともすれ違わないから、

意外と考え事をするには適しているのかもしれない。

そんなことを考えながら教室のドアに手を掛ける。


教室のドアは開いているようで、すんなりと力を入れた方向にスライドした。


教室に入ると、すぐに琴音の姿が見えて、挨拶をしようとする前に

不機嫌そうな琴音が手元に落としていた視線をこちらに向けた。


「遅い…」


広い教室にポツンと置かれた椅子に一人座っていた琴音は

それだけ言うと視線を手元に戻す。その間。僅か一秒の出来事。


俺は挨拶の言葉を胸にしまい込んで、代わりに謝罪の言葉を口にした。


「…すみません」


別に何時までに来いとか時間指定があったわけではないと

思うのだがとりあえず謝っておく。


『とはいえ、遅くなった主な理由は祐樹のせいなんだよなぁ』


やっぱり、至急あいつに絡まれない方法を考えないといけないらしい。


それにしても…、パッと教室を一通り眺めるが教室には琴音しか見えない。

その視線を察したのか、横から琴音が口を開いた。


「先生達は、会議があるらしくて少し遅れるって」


どこか胡散臭いものを感じてしまうのは俺だけだろうか。


「会議…会議、ねぇ…」


「須藤先生とか、会議に居ても何の役にも立たないだろ…

会議中バレないように寝る術を編み出してるのが目に浮かぶ」


「さすがに須藤先生もそんなに…」


琴音はそこまで言って、言葉に詰まった。

…ないとは言い切れないのだ。あの先生なら。


「それでその間、俺たちは何しとけばいいんだ?」


「自由」


自由?フリーダム?フリー…自由の女神…。

頭の中で自由から連想される言葉で違う意味を

見出そうとするが結果的に戻ってきた。


「自由?つまり…やることないから勝手にしてくれと」


「せっかくオブラートに包んで言ったのに…」


確かに、今の時点で何をするのかなんて決めようがないから

そうなるのはわかるのだが、勝手にしろと言われるとそれは困る。


あれだ、母親に今日の晩御飯何が良いって聞かれたとき、

何でも良いって答えるやつに近い。


実質、丸投げでしかないから、選択肢が無限になるぶん、

聞かなかった方が良かったと思うはず。


そういうわけだから、今度からは何択かに絞って聞いてほしい。

そんなことを考えていると、琴音が凄い恨めしい形相でこっちを見ていた。

その視線から逃れるように、また話を二転三転させる。


「そ、そういえば、琴音は何で生徒会に入ることになったんだ?」


わかりやすく不満を訴えかけるように、無視する体制に入った琴音がそっぽを向くがしばらくして俺の様子が見てられなくなったのか、そっぽを向いたままボソッと答えた。


「翔太先輩に誘われたの、生徒会に興味ないかって…

まさか、こんなことになってるとは思わなかったけど」


なるほど、翔太先輩にか。


翔太先輩は現生徒会の生徒会長。そして琴音の所属する陸上部の部長でもある。つまりは、このまま生徒会が成立すれば二重の意味で二人は先輩後輩の関係になるわけだが…。


「部活と生徒会の両立なんてよくやろうと思ったな」


「…私も最初、そう言って断ろうとしたんだけどね」


そこまで言われれば、その続きは想像ができる。


「僕に出来たんだから、琴音にも出来るって、そのまま勢いに負けて…」


それは、ご愁傷様です。


そうなると…。

琴音を推薦したのは翔太先輩を含む現生徒会になるだろうな。


あとは、おそらく相良先生も琴音を推薦しただろうから

琴音に二票の推薦が入ったことになる。


「随分と信頼されてるんだな」


それだけの信頼は誰でも得られるものじゃない。

これまでのいろんな要素が組み合わさって、この結果に至ったのだろう。


純粋に思ったことを素直に言ったつもりだが

こちらに向きかけていた琴音の顔は再びその言葉でそっぽを向いた。

ただ、明らかにさっきと違うのは耳が真っ赤になっていたこと。


そんな反応を返されるとこちらとしても追い打ちを掛けたくなる。


「…琴音、熱でもあるんじゃないか?耳真っ赤だぞ」


さっとその形の良い小さな耳を覆い隠すように手が瞬間移動してきたかと思うとそのまま耳を押さえて、真っ赤になった顔を膝に押し付けるように塞ぎこんでしまった。


思った以上にいい反応を見せるな…。


だが、これくらいにしておかないとな、、………あとが怖い。

引き際をよく理解しておかないと、大変なことになる。


「ま、ま、雅哉だって、推薦されてるじゃん」


必死の仕返しもここでは大したダメージは無い。

琴音は俺が推薦された理由を知らないからな。


「あれは…須藤先生が部活辞めて暇そうだった俺を巻き込んだだけ

信頼の上で推薦された琴音とは経緯が違う」


すると、琴音が少しだけ顔をこちらに向ける。微かに頬に赤みが差しているが、それに構わずこちらに強い意志を持った視線を向けてきた。


「須藤先生は雅哉の方が知ってるだろうけどさ…

暇だからっていう理由だけじゃ他の先生が納得しないよ」


力強い瞳と言い切った言葉に押されて、ついつい曖昧な返事になってしまう。


「そ、そうか、まぁ何とか言い包めたんだろ。

言い訳に関しては頭の回転早いからな。あの先生」


さっきまでの形勢は逆転して、今度は俺が顔を逸らす番になって

顔を逸らしたところで廊下の方から話し声が聞こえてきた。


「あの教頭、何が気に要らないっていうんだよ」


「須藤先生、言葉に気を付けてください。ここは廊下なんですから誰に聞かれてるかわからないですよ。…とはいえ、せめて反対する理由でも教えていただければ解決の糸口が見えてきそうなものではあるんですけどね」


「どうせ、俺たちのことが面白くないんだろうさ!」


「はぁ~…」


須藤先生の言葉遣いに関して訂正するのに諦めたのか

もしくは先が見えないことに対するものか

深々としたため息が壁越しにも聞こえてきた。


どちらにせよ、俺たちにとって

良いニュースでないことだけは、はっきりしている。


しばらくして教室の前のドアが音を立てて開かれると

疲れ切った表情の相良先生と、須藤先生がいつもより大股で入ってきた。


詳しいことは、これから先生に聞けるだろう。

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