暗礁に乗り上げて
放課後の廊下に人の気配はなかった。
そもそも放課後に残っているのは部活動生くらいで。
さらに、校内で活動している文化部の数はそれほど多くはない。
放課後の学校に人の気配が薄くなるのは自然の摂理だろう。
それに加えて相良先生から指定された集合場所は俺たちが
普段あまり近づくことのない場所にある教室だった。
俺たちの存在自体が今の段階では
あまり知られない方が良いこともあってか
そんな場所を拠点にしているのだろう。
どこか水道に締め忘れがあれば水の滴り落ちる音が鮮明に聞こえてきそうなくらいの静けさのなか、相良先生に指定された教室からは微かに話し声が聞こえてきた。
「失礼します」
やや緊張した面持ちで指定された空き教室のドアを
開けて入るとそこには見慣れた顔。
「雅哉?遅かったね」
『…どういうこと?』
そんな視線をホワイトボードの前に座っていた相良先生に向けると
こちらの視線に気づいた相良先生がすぐ傍の席に座る琴音を見た。
「生徒会書記…予定の広川琴音さん。
幼馴染だから説明は要らないわよね」
「幼馴染はそうなんですけど…」
生徒会書記ですか…、もう役職まで決まっているのか…。
そして琴音がここにいるということは
自動的に推薦を受けていると解釈して良い。
…聞いてない。まぁ言われてないからだが。
情報過多でさっそく頭の中がパンクしそう。
しかし、その前にもう一点だけ確認しておかないといけない。
「あの…三人目はまだ来てないんですか?」
「本来なら、その予定だったんだけどね…」
凄く話ずらそうな相良先生にどこかで感じた嫌な予感がする。
—————思い出した…。
俺を職員室に呼び出したときの感じに酷似している。
話を整理しよう。
推薦の権利を持っているのはここに居る二人の先生。
そして現生徒会の先輩方。それなら本来三人いるのが普通のはず。
しかし、蓋を開けてみれば
教室には須藤先生が推薦した俺。
どちらの推薦かは定かではないが二つある推薦の一つを受けた琴音。
ここから導ける答えは…。
「ごめんなさい、まさか二つの推薦票が一人に集中するとは考えてなかったの」
その答えをくれたのは、先ほどから申し訳なさそうにしている相良先生。
一方、さっきから姿が見えないないと思っていた
須藤先生は拗ねたように外を眺めていた。
位置関係と態度からして、何が起きたかは想像に難くない。
「だから…今の状況は正直、あまり良いとは言えないの」
「…それって大丈夫なんですか」
琴音が不安そうに問いかける。
さっきからの話の流れから類推すれば簡単にわかるが大丈夫ではないだろう。そう思っておそらくこの場合の責任者に当たる人物に視線を向けるとすっと視線を逸らされた。
相良先生が職員室で須藤先生と口論になっていたのは
おそらく、この辺りの須藤先生の見通しの甘さについて追求していたんだろう。
とはいえ、もうすでに引き返す道は残されていない。
なるようになる。今・、そう決めた。
ひとつ、大きく息を吸い込むと、相良先生に視線を向ける。
「俺は最初から上手くいくなんて思ってませんでしたからやれるだけやってみますよ」
ほんの一瞬だけ、表情を明るくした相良先生だったがすぐに影が差す。
「そう言ってもらえるとありがたいけど…。本当に大丈夫?
今からでも三人目の推薦人を出すのも一つの手段だと思うけど」
「いえ、これ以上相良先生に負担を掛けるわけにもいかないので。
それに琴音もいますから、二人で何とかしてみます」
『それでいいか』そう琴音に視線を送ると
渋々と言った様子ではあったが頷いてくれた。
不安は残るが、よく知らない三人目よりもお互いをある程度知っている相手の方が俺としても色々と動きやすい。
「いや~頼りになるな、それじゃあ任せたぞ穂村」
そう言って、その場をあとにしようとした元凶は
すっかりこの話が終わったと勘違いしているようだが
どちらかというと、ここからが本題。
「俺が手を貸すのは須藤先生の暴挙に巻き込まれた
相良先生と琴音であって、そこに須藤先生は含まれてませんから」
すると、大柄な体がゆっくりと振り返った。
その顔には困惑が張り付いている。
「どういうことだ…?」
「どうもこうもいま話した通りです」
すると隣で今の話を聞いていた相良先生は
俺の意図が読めたのか、口を隠しながら微笑む。
「なるほど、そういうことなら私も賛成」
琴音もよくわかっていないようで俺と須藤先生とを視線が往復しているが
どうせ、いまから話すから説明は要らないだろう。
「今回の件が一件落着したら、須藤先生は俺達に貸しを一つ作るってことです」
合点がいったのか。心底嫌そうな顔を見せる。
と思えば往生際悪く抵抗の意思を示した。
「生徒が教師に貸しを作るのはどうなんだ、その…なぁ」
「自分の失態を生徒に尻ぬぐいさせている教師が言えたことじゃないと思いますが」
あまりの正論にいつもは上手く言い逃れしている須藤先生であっても返す言葉がないようで口を閉ざすと渋々といった感じではあったが頷いた。
とりあえずこれで一件落着だろう。
いつも煮え湯を飲まされている須藤先生相手に一本取れたのが
余程嬉しかったのか、普段より幾分か機嫌の良い気がする相良先生が
解散を告げると、俺と琴音は今日のところは解放された。
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