共犯者

突然、俺たちの間に顔を出したその人はニコリと微笑むと

何事もなかったように表情を戻して一言。


「ですが、周りの先生方の迷惑にはならないように」


「すみません、ついつい盛り上がってしまいまして」


全く悪びれるそぶりも見せずに須藤先生が言うと

それ以上言及する気はないようだ。


まさかの人物に呆気に取られている俺と相良先生。

そしてこの状況で何故か、どや顔の須藤先生。


その問題の中心となっている校長先生の

周りだけ和やかな雰囲気が漂っていた。


三竦みどころか、二人の先生と俺を含めた

三人でも対抗できそうにない人物の登場に舌を巻く。


それにしたって校長先生がわざわざこんなところに

何の用だろうかと観察していると校長先生の目が俺を捉えた。


「君が穂村君だね、話は二人から聞いてるよ」


どんな話を聞かされているのやら…。

碌な話は聞かされていなさそうだ。


若干の不安を覚えながら差し出された左手にさっと自分の右手を重ねる。

重ねたその手からは体温以上に温かみを感じるものがあった。


それから、何故か今度は俺の手をじっと観察するように

眺めてたまに指でグッと揉まれる。


そんな意味不明な光景に戸惑っていると。


「……えっと~?」


「なるほど」


何がなるほどなのだろうか…。


困惑した表情で相良先生を見ると首を横に振られた。

相良先生にもよくわからないらしい。


その一方、須藤先生は何かを感じ取ったように頷いていたが

こちらはこちらでわかってる感を出しているだけな気がする。


二人から視線を戻して、校長先生に向き直るとそこには

優し気な視線を向ける校長先生がいた。


「今からすこし前くらいかな。私のもとに須藤先生が突然現れてね。生徒の頑張りが反映される学校を作るためにもまずは生徒会を新しくしましょうと。校長室に突然飛び込んできたんだよ」


いきなり何の話だろうかと思っていると、

どうやら今回の生徒会についてらしい。


その時のことを思い出しながら語る校長先生は

さぞ楽しそうでこちらもつられて笑みが零れる。


どういう経緯かは知る由もないが今回の件の発案者である須藤先生はその突拍子もない話を校長先生に提案して、実現段階まで持ってきたわけだ。

こうなると、ただの笑い話というわけでもない。


そして、俺は須藤先生の計画に数合わせとして

巻き込まれる形で俺も参加する流れになっている…と。


段々と話の流れが掴めてきた。


「それで穂村君は?」


目の前では、俺の言葉を静かに待つ校長先生。

両脇には二人の先生がそれぞれの心情を表情に反映させていた。


須藤先生は自信満々に、相良先生は心配そうに。


「どちらにせよだ、お前の後悔しない方を選べ」


俺をこの場に巻き込んだ張本人が言う。


「私は穂村君にお願いしたいと思ってる

でも、これはあくまでも推薦。

最終的にどうするかは穂村君に任せるわ」


俺の判断を尊重してくれると、そういうことらしい。


三者三葉の言葉を受けて考える。


実のところ、帰宅部の生活にちょっとした憧れはあった。

だが、冷静に考えて忙しいことに慣れた俺が

退屈を満喫できるとも思えなかったのも事実。


これが、何かの運命なのか。必然なのか。


判断はつかないが少なくとも俺がいない方が良いわけではないだろう。


どこまで出来るかはわからないが…、

あとは俺に足を踏み入れる勇気があるか否か。


そんな俺の姿を見て何か感じ取ったのか

須藤先生が片手をグーの状態にして俺の前に突き出してきた。


この先生は大事な場面になるとこれをやるのが癖らしい。

それが不思議と俺にはそれが心地よかった。


信じてやるから思いっきりやってこいと

そう言われてる気がして何でもできる気がしたから。


懐かしい感覚に包まれながら久しぶりに

グータッチを交わすと須藤先生は嬉しそうに笑う。


『これで、お前も共犯だな…』なんてことを考えているのだろうか。


「どこまで力になれるかわかりませんけど…やります…やらせてください」


※※


そこからは校長先生も含めた先生の話に耳を傾けていた。

話を聞く限り、事は順調に進んでいるようだが

しかしあと一歩足りないらしい。


そこで急遽、次世代生徒会の発足メンバーによる実績づくりが必要となった。要は、これからの指標として何が出来るのかというお試し期間を設けてその結果を見て決めようという話の流れになっているらしい。


「そういうわけで、今日は新生徒会予定の役員顔合わせも兼ねてるのよ

もう、穂村君以外の人は集まってると思うから」


こんな無茶苦茶な計画に参加するなんて

余程肝の座ったやつか、もしくはちょっと頭のねじが外れ掛かっている奴か…


嫌な予感がして、表情を歪めると相良先生はフッと笑う。


「なんだか、悲観的な想像をしているみたいだけど

きちんと、私たちが正当な理由で選んだ生徒よ」


さっき「暇だから」とか言ってた人いたけど…なんてことをちょっと考えたが暇だからという選考理由で須藤先生が俺を通したのなら、あとは現生徒会と相良先生の推薦人ということになる。


安心した一方で、先生や現生徒会にそこまで絶対の信頼を向けられている生徒と一緒に生徒会を運営しなければならないプレッシャーの方が今度は強くなってきた。


どうしてくれるんだと、そう思って視線を向けるとウインクしてくるのはちょっとイラっとしたがその様子を微笑ましいものを見ているような穏やかな校長先生の期待には答えないといけないと柄にもなく思ってしまった。


「それじゃあ、俺は顧問としての役目を果たすとするかなぁ~」


そんな見え見えな逃げの準備を整えていた須藤先生は相良先生に首根っこを摑まえられるとすぐに観念したのか抵抗を辞めると職員室から出ていった。


あの二人、実は仲良いのでは?


そんな二人の姿を生暖かい目で見送るのは

俺だけではないようで、職員室の中からも同じような視線を感じる。


俺も行かないとな…


「穂村君」


決して特徴的な声でもないのに

はっきりと耳に残ったその優しげな声を受けて後ろを振り返る。


「頑張ってください」


それだけ言うと、校長室へと戻っていく。


俺は本人がこちらを見ているわけでもないのに何となく、その後ろ姿に向けて頭を深々と下げて一礼してから指定された場所へと向かった。

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