歪な動き
祐樹はその後、何事もなかったように教室に帰ってくると
相も変わらず、楽しそうにお喋りを続ける。
すると、その様子に触発されたのか、
周りもいつもの調子を取り戻していた。
流石に先程のことが話題に挙がるようなことはなかったようで
その後、新学年の初日は基本的には平穏な時間が流れていく。
とはいえ、わだかまりはあるだろうし。
今回限りのことにはならないと祐樹自身、薄々勘づいているだろう。
意外にも、こうした事態は実はこれまでは無かった。
理由は単純。祐樹にこれまで浮ついた話が出てこなかったのが原因だ。
祐樹はアホほどモテるくせに決して誰か特定の特別な関係を持とうとはしなかった。
そんなわけで、祐樹は中学までどこかアイドルのように
鑑賞品のような立ち位置に収まっていたのだ。
だが突如、風のうわさで俺の耳にも聞こえてきたのが先程の彼女との熱愛報道。
まさかと思って祐樹に確認すると、
「そうなんだよ!聞いてくれよ!」と惚気話に付き合わされる始末で。
素直に浮かれた様子の祐樹にこちらとしても呆れはしつつも良かったと思っていた。
そんな経緯で親友の彼女である汐崎志穂という人物は
これまで惚気話のせいで俺にとっては気まずい存在という認識が強かったのだ。
だが、今日の様子を見る限りそんな呑気なことも言ってられそうにない。
常に面倒ごとを惹きつけては、俺の元にも楽しそうな笑顔で問題を持ってくる祐樹と長年、付き合いのある俺が言うのだから間違いない。
それと、祐樹の話に出てくる汐崎さんと
今日、教室で見せた姿はどうやっても似つかないのも気にかかっていた。
今日、実際に見た限り、まるで近づく者には噛みつかんばかりの
狂犬ぶりだったが、俺が事前に祐樹から聞いていた汐崎の印象は遠く離れる。
『たしか、人見知りで恥ずかしがり屋と聞いてたんだがな…』
…どうやっても二つの印象が結びつかない。
そして、一番引っ掛かったのが祐樹の対応が普段とは違っていた点。
あいつは、友人が困っていたり、悪口を言われたら
それとなく、解釈の余地を与えようとする。
『人によって相性はあっても、分かり合えないことはない』
あいつならきっとそんな風に話す。
何も知らない人が今日のあの様子を見せられたら、
汐崎さんに対する印象は良くはない。
それに気づかない祐樹じゃない。
大丈夫…だとは思うんだが本当のところは本人に聞いてみるしかないだろう。
※※
大掃除が終わると、HRの時間に二年連続、担任となった相良先生から
軽く連絡事項を受けてすぐに解散になる。
二年生ともなれば、説明もそれほど必要ない
という学校側の判断もあるだろう。
実際、大多数のクラスメイトは軽く友人と話をして
別れの挨拶を告げると早々に教室を出て行った。
その様子に触発されるように俺も帰ろうと鞄を持ち上げたところで
さっきまで教卓から聞こえてきた声がすぐ横から聞こえる。
「穂村君、この後、職員室に来てくれる?」
俺に話しかけてきたのは、担任の相良先生。
いつの間にか廊下側に移動してきていたようだ。
廊下と教室の窓を挟んで先生の視線が合う。
「いや、今日はちょっと外せない急用があって…」なんて
相良先生でもなかったらそう言っていただろう。
だが、俺の目の前にはその唯一の例外。
すなわち行きます以外の選択肢は消える。
「それは…まぁ、わかったんですけど
何で俺は呼ばれたんですか?…何もしてませんよね」
確認の意味も込めて、窺うように言うと
俺の反応を良く思わなかったのか
相良先生はフォローするように言葉を続ける。
「別に怒られる訳じゃないから…ちょっと特殊で少し面倒なだけで…
そういうわけだから、安心して!」
「ちょっ…待ってくださいよ、先生?先生ー!」
さらっと告げられた聞き捨てならない言葉を
追求しようとする前に先生は廊下から足早に姿を消した。
先生が消えた曲がり角を恨みがましく見ていると
背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「雅哉、お前何やらかしたんだよ?」
振り向くと制服から部活の練習着に着替えた祐樹が立っていた。
こいつ、まだ女子が教室に居るというのになぜ教室で着替え終えているのか。
あと部活動生はみんな部活に向かったというのに
こいつはここで何をしているのか。
————疑問は尽きそうにないがいまは置いておく。
「そもそも、俺が何かやらかした前提で話すな」
「なら何で相良先生が雅哉を職員室に呼び出すんだよ」
「俺も知らん、ただ…面倒なことに巻き込まれたらしい」
「そっか…まぁ、何か面白そうな話だったら明日教えてくれ」
最後にそう言い残した祐樹は既に興味を無くしたのか
こっちに見向きもせずに手だけをひらひらと
振るとそそくさと教室から出ていった。
薄情者め、と思ったのもつかの間
俺も同じ立場なら、同じ対応をするだろうと冷静に思い直す。
それにしても…、やっぱり相良先生の言い方が引っかかる。
去年も担任だったから、多少なりともその人柄は理解しているつもりだ。
その経験則から言うと、あの不自然な誤魔化し方は
相良先生本人の用件というよりも誰かから俺を職員室に呼び出すことを
頼まれたと考えるのが妥当だろう。
行かないといけない。それはわかっているのだが
相良先生にその依頼をしてきた人物には何となく見当がつく。
だとすると間違いない。
ここで行かなくとも明日以降。
事によっては家まで押しかけて来そうな予感さえある。
八方塞がりに頭を悩ませていると、いつのまにか教室には俺しか残っていなかった。
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