台風の目

教室に入ると、先に行っていたらしい祐樹が見える。

新しいクラスだというのに、既にその周りには人だかりができていた。


一緒に行こうぜとか言いながら、置いて行かれたことは数知れず。

もはや、この程度のことじゃ驚きもしない。


だが、不思議とそれを不快だと思わずに

祐樹らしいと笑ってしまえるのは、あいつの魅力なのかもしれない。


だからこそ、あんな風に人を惹きつけて止まないのだろう。


あれは、一種の才能とかそういう次元の話なのか

それとも、努力の結果か。

小さい頃から一緒にいた俺でもわからない。


だが、最近そんな祐樹にはある変化があった。


俺がそれに気づいたのが最近というだけで

本当はもっと前からあったのかもしれないが

こいつはたまに幼馴染の俺も知らない顔をしていることがある。


表面上ではよくわからないが、何か違う。

そんなあやふやなもの。それは今日も同じだった。


特に最近は以前にも増してその傾向が多くなっている気がしていたから

ついそっちに目を引かれてしまうが、今は目配せする程度に収める。


段々と教室に人が集まってくるこの時間帯。

祐樹のところには更に人が集まってくる。


俺はその流れには乗らずにちょっと離れた位置に落ち着いた。

別に賑やかな空気が苦手というわけではないがあの空気感はどうにも気が引ける。


そんなわけで、祐樹から視線を外してクラス内を軽く見渡すと知らない顔がちらほら。


というよりも、祐樹以外の顔に見覚えがない…。


まぁ、これから仲良くなる機会は充分にあるだろうし、悲観的に捉える必要はないだろ。


そこで考え事を止めると自分の席を確認するために黒板に目を向けた。

俺は知り合いがクラスにはいるわけではないから今日のところは自分の席でじっとしているのが得策だろう。


黒板に書いてある席はどうやら出席番号順に割り振られているようで自分の席を見つけるのにもそれほど苦労しない。

それを確認して、黒板から一旦目を離すと教室の席と照らし合わせる。


自分の席におおよその見当をつけて…そこであることに気づく。


『もしかしなくても、あそこだよな…』


さっき俺が見たときよりも増えた大所帯のグループ

その中心の祐樹が座っている位置。

廊下側の窓際の席こそ、黒板に書かれた俺の席に間違いない。


あそこまでピンポイントにいるのは偶然じゃないだろうな。

となると、最初からその目的であそこにいたわけだ。


面倒なことになったものだと頭を悩ませるが

あそこからどいてもらうには鶴の一声でもないと難しそう。


『仕方ない…』


しばらくどこかで時間を潰そうと思って教室のドアに目を向けると。

こっちはこっちで厄介そうな女子が不機嫌なことを隠そうともせず

威圧的な雰囲気をまき散らしながらこの教室に入ってくるのが見えた。


荷物を持っていないことから察するに、このクラスの生徒ではなさそうだが。


そんなことを考えている間にも、その女子生徒は教室に着実に近づいてくる。

それも心なしか、その行く先は祐樹のいるところに。


教室内に目を向ければ持ち前の顔の広さで

いきなり大所帯のグループの中心となった祐樹。


そして、何が理由かは定かではないが、

他クラスに堂々たる足取りで踏み込んできた女子生徒。


台風の目が二つ。


天気予報で聞いたことがある。

台風が二つ存在すると、お互いに進路を変化させるらしい。


この状況に当てはめると…、当てはめても

衝突して、周りに甚大な被害が出る未来しか見えない。


俺の勘が告げている。

このまま、ここに残るのは良くないと。

そう思ったのは、俺だけではないようで空気が変わるのを敏感に感じ取った一部の生徒は、彼女と入れ替わりに教室から出て行き始める。

その流れに便乗するように俺も動き始めた。


しかし、空気を読まないやつは急激な進路変更も難なくこなす。


「志穂、おはよー」


不穏な空気が満ちる教室には似つかわしくない

明るい声が嵐の前の静けさの教室に木霊する。


教室から出ていこうとしていた俺の足は記憶よりも

少しだけ上擦った明るい声を聞いたところで止まった。


後ろから来ていたクラスメイトに怪訝な顔をされた気がするが

そんなことはどうでもいい。


教室に突如現れた彼女は祐樹の声に返答を返すわけでもなく

祐樹のいる場所へと周りをかき分けるようにズンズン進んでいくと

——結婚式での新婦の連れ去りのような光景が目の前で起こった。


…役回りが男女逆だが。細かいことはこの際気にしたら負けな気がする。


「志穂どこ行くんだよ? おーい、志穂さーん聞こえてますか~」


祐樹だけが平常運転の中、二人が教室から出て行ってしばらくすると

教室に弛緩した空気感が息を吹き返したように戻っていく。


呆気に取られていたクラスメイトも思い出したように

各々の行動を再開することで止まっていた時間が動き出す。


自然というべきか、その話の矛先は一人の女子生徒に向いた。

そんな教室に居辛くなったものが一人、また一人教室から出ていく。


今度こそ俺もその流れに乗って教室を後にした。

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