嵐のような男
いつもなら満開の桜が出迎えてくれる通学路は今年は控えめに。
見上げれば空を少し隠す程度に収まっていた。
今年は早咲きだったらしく、例年、空を覆い隠すほどの花びらは
地面に敷き詰められている。
いつもとすこし違う春の装い、だがそれもすぐに慣れ始めた。
何事もそういうものだ。
いつもの習慣が突然変わってもしばらくその生活を
続けていればいずれはそれが普通になる。
変わった事にも気づかなくなる。
そうやって、一つずつ整理をつけていけばいい。
だから、これもその最初の一歩。
※※
通学路を歩いていると後ろからやけに早い足音が聞こえてきた。
その足音は俺に並ぶ。そう思われたと同時に俺の左肩に手が置かれる。
「雅哉!久しぶりだなぁ…って、そんなに睨むなよ…」
そこまで睨んだ覚えはないのだが、不機嫌さが顔に出てたというのなら
そういう顔になってもしょうがない。
ひとまず、関わりたくないから人違いということにしておこう。
「すみませんが…どちら様ですか?」
「北山祐樹、お前の幼馴染にして親友
つまりは竹馬の友兼ベストフレンドだ」
『つまりの意味が分からん、かえってわかりにくいわ。
あと、爽やかな笑顔がムカつく』
「そうですか、それじゃあまた」
回れ右して、先を急ごうとしたが今度はガッチリと肩をホールドされた。
無理やり抜けようかとも考えたが、朝から力比べをするのも怠い。
仕方なく、もう一度回れ右して所定の位置に戻る。
「別々に行く必要ないだろ、せっかく久しぶりに会えたってのに」
「それなら、一緒に行く必要もないんじゃないかな?」
売り言葉に買い言葉。埒が明かない。いつもの展開だ。
先に誤解がないように言っておくが、別に俺は祐樹と絶賛喧嘩中なわけでも
一緒に登校しないとかルールを決めているわけじゃない。
こいつと一緒に学校に行くと弊害があるから行きたくないだけ。
「……よし、行くぞー!」
「ちょ…おま、人の話をちゃんと聞け!」
「わかった、わかった、学校に着いたら聞いてやるから」
朝のやり取りにしては些か騒がしい様子に
何事かと周りの視線集まるが祐樹はまったく気にした様子もない。
それに俺もいつの間にか、普段の口調に戻っていた。
「付いていくから、とりあえずこの手を放せ…」
「お前、そう言ってこの間逃げたじゃねぇか!」
「そうでも言わないと、放してくれないからな!」
※※
お互い、しばらくの冷却時間を置いて、少し落ち着き始めた頃。
「なぁ、病院でなんか面白いことなかったのかよ~
どうせ琴音がお見舞いに来てたんだろ~
あ…っ!!そうだ良いこと考えた」
この場合、こいつにとっての良いことは直訳すると俺にとって悪いことだ。
「断る」
「そこをなんとか」
「嫌だ」
「よし、放課後な」
御覧の通り。会話というものが成立しない。
誰か、こいつに相手に気を遣うということを覚えさせて欲しい。
「さぁいくぞ親友、今年は同じクラスだといいな」
そのまま新学年の門出は何の感慨もなく、校門をくぐった。
————————!!
「おぉ!あったぞ雅哉!同じクラスだ!!」
クラス表が張り出されている玄関前で、はしゃいでいる祐樹を余所目に
周りと同じようにクラス表に目を向ける。
「まだ見つけてねぇのかよ、ほら二組のとこだよ!」
そんな俺の周りでは「祐樹君と一緒だ!」
なんて黄色い声がちらほら聞こえてきていたのだが隣の人物は気にした様子もない。
俺の耳に聞こえてるってことは、こいつも聞こえてるはずなんだが全くそんな素振りを見せない祐樹は俺の視線を受けても、ケロッとしていた。
こいつを理解しようという方が土台無理な話だ。
切り替えて再びクラス表に目を向けて二組のところを上から順に眺めていく。
大半、俺の知らない名前が並ぶなか。
『……見つけた』
二組のところに自分の名前が書かれているのを見つけると
その横に書いてある出席番号も暗記してすぐにそこから離れる。
俺が移動を始めると、祐樹も一緒についてきた。
「もういいのかよ、好きな子の名前確認しなくてもいいのか~?」
『要らんことを言うな、俺が変な目で見られるだろうが…』
だが、そんなことを真面目にこいつに言っても仕方がない。
「これから確認する人の邪魔になるから、早く移動するんだよ」
「もう、確認済みだったか…あとで教えてくれよ」
至って普通の男子高校生みたいな会話をしながら、
人の群れを縫って先に進むと靴箱が見えてきた。
新学年と言うこともあって、靴箱の上には学年と組
そして出席番号を組み合わせた番号の書いてある真新しいシールが貼ってある。
さっき見たクラス表の記憶を頼りに自分の場所に靴を入れると
隣にいたはずの親友はといえば、早々に自分の場所を発見したようで
履き替えまで済ませて既に数歩先で待っていた。
「早く来いよー」
「はぁ~、ちょっと待ってろ」
まったく、朝から大変なやつに巻き込まれた。
そう思いながら、俺が顔を上げた次の瞬間には祐樹の姿は跡形もなく消えていた。
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