乖離するもの
「雅哉?着いたよ」
窓の外から琴音がこちらの様子を心配そうに見つめていたのに気づく。思ったよりも、深く考え込んでしまったようだ。
「あぁ、悪い…ちょっと考え事してた」
その言葉で琴音がより一層不安そうに顔を覗き込んでくるのが見える。
「…大丈夫だって、俺だってたまには考えごとの一つや二つくらいしたいときがあるんだよ、例えば残りの春休み何して過ごそうとか…」
「何それ…心配して損した」
馬鹿にしたように薄っすらと歯を見せて笑った琴音に不器用な笑顔を返して、車を出ると俺が車を出るのを待っていた雄也さんがこちらを見てふっと微笑む。
「二人とも何だか長年連れ添ったおしどり夫婦みたいな会話だね」
「付き合いだけは長いですから」
「なるほど…」
玄関に向かう雄也さんの背中を追いかけていると
ふと、何かを思い出したかのように玄関の前で振り返る。
「今日は雅哉の好物作るって張り切ってたからね。頼んだよ雅哉、男手は一つでも多いに限る」
「…頑張ります」
————————■□
琴音の家での退院祝いを無事に終わりを迎えて、
俺は久しぶりの我が家を目の前にしていた。
久しぶりに帰ってきた自分の家というものはどこか落ち着かないもので玄関に立ち尽くしているところに声が掛けられる。
「ほら、お兄ちゃんぼーっとしない」
玄関から動かない俺を不思議に思って先に靴を脱いだ佳那が後ろを振り返り俺の様子を窺っていた。
「佳那がそこにいるから、俺が上がれないんだよ、ほらさっさと行った」
「お兄ちゃんが玄関でぼーっとしてたから心配してあげたのにぃ…」
大股でリビングに入っていたその背中に少しの罪悪感を感じる。弱いところを見せるわけにはいかないと思ってしまうのは兄の性のような悪癖だと認識はしていても治るものでもない。
今度、プリンでも奢るかな…。
靴を脱いで、上がったところで再びリビングから佳那が顔を出す。
「あ、お兄ちゃん、階段上ったすぐ左側がお兄ちゃんの部屋だから」
「知ってるよ、記憶喪失って言ってもそこまでじゃない」
ニシシと笑みを浮かべてリビングに戻っていく。病院で俺の状態を聞いたのだろうが最近は事あるごとに記憶喪失をネタにからかってくる。
ぶっきらぼうに返事を返して階段の一段目に足を掛けるのと一緒に階段を照らす明かりをつけた。
階段を上りきってすぐ左のドアノブに手を掛けて右に捻ってドアを開けると、そこには特筆して何かあるわけでもなく、物置と化した勉強机と簡素なベットがあるだけの部屋が目に入る。
「…変わってないな」
簡素な部屋は俺の記憶通り、一点を除いて相違ない。
帰ってきたら軽く掃除をしないと、そんなことを考えていたのに綺麗に保たれていた部屋に多少肩透かしを喰らったくらいだ。
「お兄ちゃん、お茶入れたよ!」
そんな声が一階から聞こえると、左肩に掛けていた荷物をそこら辺に置いて一階に向けて返事を返した。
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