戸惑い

琴音と病院を出て、病院の駐車場に着くとこちらを見つけてぴょんぴょん跳ねながら手を振っている妹の姿が見えた。


毎度のことながら元気なようで。


「お兄ちゃん!久しぶり!…でもないか」


「そりゃあな、この間、会ったばっかだろ」


つい最近、病室に顔を見せに来ていたのだがその時の記憶は既に朧げらしい。そんな妹の記憶力に若干の不安を覚えながら、その日を思い出して遠い目をする。


その日、俺の見舞いには琴音。

うちの家族である母さんと妹の佳那、三人が来ていた。


——しかし、偶然とは重なるもの。


病室のドアが開いて、顔を見せた逢沢にうちの家族二人が何気なしに挨拶して、逢沢がこちらに向かってくるのにつれて、二人の困惑した様子が段々と笑顔に変わっていくのは俺にとって恐怖だった。


うちの家族の二人はその後何を思ったのか

逢沢とは初対面にも関わらず、笑顔で手招きをすると楽しそうに話しかける。


それに対し最初の方こそ戸惑い気味の逢沢だったが持ち前の明るさと距離感を感じさせない性格で馴染むのにそれほどの時間は必要とせず親睦を深めていく。


だが…妹よ。

会って間もない相手に「お姉ちゃんとお呼びしても」はやめとけ。

琴音も目を丸くして驚いていた。


そんな感じで、俺はすっかり端に追いやられ

四人の女子会となっていたわけだが…。


だが、そこまでは良しとしよう。


問題は逢沢が帰った後、母さんと佳那が始終置いてけぼりを喰らっていた俺に「また、今度じっくり聞かせてね」とか悪魔みたいな言葉を残していったこと。


逢沢の登場にうちの家族二人が目を輝かせていたから。

やっぱりかとそう思ったが、もはや俺には逃げる術はなかった。


せめて、事前に来ることくらい言ってくれれば調整できたかもしれないのに。それじゃあ、サプライズにならないとかあんたら何しに来たんだよ…。


「とりあえず帰ろうか、こんな場所で立ち話もなんだしね」


思い出しながら、微妙に嫌な気持ちに染まっていると爽やかな声が聞こえてきて浄化されるように意識を戻された。


————そうだ、過ぎたことを気にしてもしょうがない。


臭い物には蓋をするのが一番。ブラックボックスに押し込んでしまおう。


目の逸らしたくなる記憶から引っ張り出してくれた声の主であるその人はスラッとした立ち姿には余計な味付けをしなくてもカッコいいが成立してしまうカッコいいが具現化したような存在であるこの人は広川雄也さん、琴音の親父さん。


その姿は俺が子供の頃から見てきた姿と全く変わらない。


「雅哉、大丈夫か?何かあったらすぐ言ってくれな」


「大丈夫です、過去は振り返らないのが俺の信条なので」


一瞬だけ、俺の言葉に戸惑う様子を見せたが、すぐに理解したのか苦笑いを浮かべた。


「お兄ちゃん、何言ってるの…」


「原因はお前と母ちゃんのせいなんだがな…」


そんな兄弟の話は琴音の声で遮られる。


「雅哉!佳那ちゃん!出発するよ」


「わかった」「はーい」


————————!!


「ところで、お兄ちゃん?」


それは車が走り出してすぐのことだった。

本能というべきか、野生の勘というものなのか。


不穏な空気を孕んでいた佳那の言葉にすっと体が強張るのを感じる。車窓から外の景色が流れていくのを眺めながら、警戒気味の低い声が漏れる。


「……なんだ?」


「綾乃さんとはどういう関係なの?」


ド直球の質問。それもここでその話するのかと

呆れた視線を佳那に向けるがこちらは至って真剣な瞳だった。


「その話か…」


「誤魔化してもダメだからね」


俺が逃げられないように、

ずずっとこっちに体を乗り出して来る。


「本人も言ってたし、俺も何度も言ってるだろ。友達だって」


「…ただの友達ってだけで、わざわざお見舞いまで来るかな?」


何か引き出そうとそういう魂胆が見え隠れするが

わざわざ見えている罠に引っかかる必要はない。


「そういう話は琴音に聞いてくれ、その友達…というか逢沢は琴音の親友だからな俺は来るもの拒まずの姿勢なんだよ」


本当に?そんな目を佳那が向けてくるが実際、嘘は言ってない。


ただ、逢沢が律儀にお見舞いに来てくれる理由については見当がついている。俺が事故に遭った責任を感じている…おそらくそのあたりだろう。


その話を同じ空間の助手席で聞いていた琴音が戸惑ったような顔で振り向く。


「私もよくわからないんだ、綾乃に聞いても上手くはぐらかされて、私も聞きたいくらいだよ」


その言葉に今度は俺が戸惑いを覚える番だった。てっきり琴音には事故のことを話をしていると思っていたものだから。悟られないように一瞬でその動揺を隠す。


二人とも俺の反応に気づいたのかはわからないがそれがわかる前に、運転中の雄也さんが赤信号で停車中、バックミラー越しに口を開いた。


「そういえば、今日は雅哉の退院祝いで御馳走を作るって二人とも張り切ってたけど、何か食べたいものある?今から電話すれば、まだ間に合うかもよ」


そんなたわいない話が雄也さんから振られたおかげで俺がボロを出す前に話が逸れていく。


琴音と佳那が今夜の夕食で一緒に盛り上がっているなか一人、車窓からの景色を眺めながら取り留めもない思考を順繰り繰り返していた。

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