お姫さまと三杯のお茶
宮嶋ひな
あるところに……
むかしむかし、あるところに、からだの弱いお妃さまがおりました。
お妃さまは天使のように美しい女の子を産みました。出産のときに血を流しすぎたお妃さまは寝たきりになってしまいましたが、国じゅうの人々がおいわいし、お姫さまはすくすくと育っていきました。
しかし、お姫さまは体がじょうぶではありませんでした。しょっちゅう熱を出して寝込むので、お妃さまは心配して毎晩体にいいお茶をあげました。
「今日はこのお茶にしましょう」
お妃さまはバラ色のお茶をお姫さまに飲ませます。それが毎日続きました。
しかし、五歳の誕生日の日、お姫さまは重い病気になってしまいました。
お姫さまを愛していた王さまは、六日六晩、神さまにお祈りしました。
七日目の夜。激しい嵐の日に、みすぼらしい老婆が城の扉を叩きました。
「おお、こんな嵐にかわいそうに。泊まっていきなさい」
優しい王さまは、老婆をひとばん泊めてあげようと言いました。
けれども、それに反対したのはお妃さまでした。
「こんなにも汚いかっこうのひとは、お城にはあげられません」
たしかに、老婆はひどい見た目でした。ぼろぼろの布の服に、茶色い髪、目はぎょろぎょろしていて、長い爪は黒く、とても恐ろしい姿をしていたのです。
「美しくないものはみたくありません。帰ってください」
お妃さまは冷たくそう言うと、おばあさんを追い出してしまいました。
「待って、おばあさん」
それを見ていたお姫さまは、病気の体でおばあさんを引き留めました。
「こんな嵐のなかに出たら、死んでしまうわ。わたしのベッドを使ってください」
「ああ、なんと優しい子だろう。ありがとう」
おばあさんは、お姫さまのベッドで一晩眠ることができました。
次の日。おばあさんはお礼に、お姫さまへハシバミの枝をわたしました。
「何か怖いことが起きたときに、枝を三度ふりなさい」
おばあさんはそう言うと、また旅に出るとお城を出ていってしまいました。
その様子を見ていたお妃さまは、とても怒りました。すぐにお姫さまを呼んで、言いました。
「どうしてあのおばあさんを泊めてしまったの? とても汚かったのに」
「おばあさんはみすぼらしいかっこうでしたが、汚くはありませんでした」
「どうしてあのおばあさんと話したの? とても醜かったのに」
「おばあさんは年を取っているだけで、醜くなんかないわ。だれでも年をとるもの」
お姫さまの言葉に怒ったお妃さまは、召し使いを呼んで言いました。
「あの子に毎日あげているお茶を、今日は三杯出して」
召し使いは言いつけどおり、お茶を三杯出しました。
一杯目に出されたお茶は、花の香りのする琥珀色のきれいなお茶でした。
お姫さまは、おばあさんの言葉を思い出しました。
ピンとひらめいたお姫さまは、お茶に向かってハシバミの枝を振ってみました。するとどうでしょう。琥珀色をしていたお茶は、みるみるうちに腐り、泥のように青黒く変化してしまいました。
お姫さまは琥珀色のお茶を、窓から捨てました。
二杯目に出されたお茶は、桃色のする甘い香りのお茶でした。
このお茶にもハシバミの枝を振ってみると、桃色のお茶は赤黒く変わり、ぶくぶくとマグマのように燃え上がりました。
お姫さまは桃色のお茶を、暖炉に捨てました。
三杯目に出されたお茶は、緑色に澄んだ青々しい香りのお茶でした。
このお茶にもハシバミの枝を振ると、真っ黒になってひどいにおいがしてきました。お部屋にかざってあった花がしおしおと枯れてしまいます。
お姫さまは緑色のお茶を、花瓶に捨てました。
お茶の時間が終わると、王さまがお姫さまの部屋にきておはなしします。病気のお姫さまは王さまの部屋まで行くのが大変でした。
「今日は顔色がいいね」
「今日はお茶を飲みませんでした」
「窓の外で小鳥が死んでいるよ」
「窓の外にお茶を捨てたんです」
「暖炉から赤黒い炎が出ているよ」
「暖炉の中にお茶を捨てたんです」
「花瓶のお花が枯れてひどいにおいがするよ」
「花瓶にお茶を捨てたんです」
そこまで話すと、お姫さまはおばあさんにもらった不思議なハシバミの枝のことを王さまに話しました。
王さまは、そこでようやく、おばあさんが聖人だったと気付きました。毒入りのお茶を毎日あげていたお妃さまは、城から追い出されました。
「どうしてお茶が毒だとわかったんだい」
王さまの質問に、お姫さまは答えました。
「だって、おかあさまは一度もわたしを抱きしめてくれなかったもの」
直観、ひらめいたのよ、とお姫さまは笑って言いました。
毒入りのお茶を飲まなくてよくなったお姫さまは、その後元気に大きく育ちましたとさ。
お姫さまと三杯のお茶 宮嶋ひな @miyajimaHINA
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