アーカイブ少女
最早無白
アーカイブ少女
「これ、どうするかなぁ……」
一メートルほどある巨大なカプセルと、その処理に困っている一人の男。
ロックミュージシャンとしてかつて一世を風靡した私、
だが、そんな日常にも終わりが訪れる。
本当についさっきの出来事だ。ピンポン、とチャイムが鳴り玄関へ向かうと、差出人不明の荷物を渡された。
いつか酔っぱらっていた時に、無意識の内に通販で買ってしまったモノが届いたか……。ついてないなと思いながら段ボールを開封した。
中には前述の通り、巨大なカプセルと『これを開けろ』という旨の指示書が入っていた。当然こんなものは絶対に開けたくないので、打開策が書いていないかと指示書を読み込むと、やれ『開けないと逮捕する』だ、やれ『他人には渡すな』だと。
あらかじめ書かれていた内容のくせに、私は一手先を行かれてしまったのだ。
「開けるしかないのか……。ん? 何かカプセルに書いてあるな。どれどれ……」
カプセルの側面に、何やら文字が刻印されている。『知識搭載カプセル』……こいつの名前だろうな。膨大な知識を抱えているから、こんなにも大きいというのか? いや、そもそも『知識』って、触れるものではないと思うが……。
このままリビングに置いたままにするのもなんなので、とりあえず逮捕されないためにも開けるとするか……。おや、『天』と『地』が書かれているな。ならこちらを上側にして、足で挟んで固定して右に回せば……!
感触が軽くなったのと同時に、白煙を上げながらカプセルが溶けていく。煙の中には、一人の少女が立っていた。
「こ、これは……!?」
やがて少女を取り巻く煙もカプセルの残骸も消え、私と得体の知れない人型の何かが対峙する。私は恐怖で何もできなかったが……。
「加瑚切
対する少女は私のことを事細かに知っていたのだ。恐怖が増大していくのと比例するかのように、この存在について興味が湧いてきた。
「ど、どうして……私のことを?」
「あなたの開けた知識搭載カプセルにより、地球に存在する情報――知識を私は既に確認している。例えば『私』、という人間が使う一人称についての知識。『私』は主に女性や、自分よりも立場が上の存在とコミュニケーションをとる際などに使われる。このように、私は知識搭載カプセルが開くまでの全ての知識をあらかじめ備えた人間の少女、として作られた存在。だから私の一人称は『私』としている」
「は、はぁ……。要は地球上で今まで起こったことが、全て分かるってことなんですね。ではあなたが、というかあなたの入っていたカプセルが、なぜ私の元に届いたのでしょうか?」
「頑なに敬語を使う……。あなたにとって、私は目上の存在か。まあいい、あなたの質問に答えよう。私があなたの元へ来た理由は『実験』だ。知識搭載カプセルで蓄えた地球上の知識を私が実際に確認することで、知識をより詳細なものとする」
カプセルで確認した知識を改めて確認する――正直、意味が分からなかった。この少女が得た知識は、嘘のものなのか?
「そこで『音楽』という明確な正解を持たない行為に、その人生を賭けていたあなたに焦点が当たった。音楽は人間の持つ様々な感情が込められている、としばしば語られる。もしそれを知識しか持たない存在である私が触れたとしたら……。私の有する膨大な知識を全て活用して辿りついたモノ、所謂『直観』を記録する。この私に感情と呼称する概念が芽生える可能性だってあるし、そうであるとしたらそれもまた詳細な知識の一つだ」
「ええと……。とにかく、私はあなたに音楽を聴かせればいいんですね。 ――でも、あなたはカプセルの中で、私の曲を一度聴いているのでは?」
「ああ、聴きはしている。しかしそれは知識として、ただ私に流れ込んでいただけだ。詳細な知識を得るには、直接観測できるかつ感情を持たない状態にある生命体を作り出す必要がある。その生命体が私だ」
なるほど……。人間は生まれながらに感情を有している。生まれてから死ぬその時まで様々なモノに触れ続け、その度に感情は何層にも重なっていく。
確かにその状態で明確な正解を持たない音楽に触れたとしても、『感想』として一人ひとり違う正解が生まれる。それが音楽の良い所だとも思うのだが……。
しかし何にも触れていないこの少女に音楽を聴かせて得られるモノは、この地球上で何よりも純粋な正解――すなわち知識として記録される、と。そうか、ならばコイツに分からせてやるよ……!
「そうですか。面白いですね、そんな大層なプロジェクトに私が……いや、オレが選ばれたっ! こんな名誉あることは後にも先にも、オレ以外にゃ誰にもできねぇだろうなぁ! あぁ……身体中の血が滾って、鉄まで溶けらあぁぁぁぁぁ!」
「いや、ただ音源を聴くだけで良いのだが……。そしていきなり敬語をやめたな。ということは私のことを対等に、あるいは目下の存在であると認識を改めたか……」
何か呟いていた気がするが、今のオレにはそんな小さなことなどどうだっていい。少女を連れて地下にあるスタジオへ向かう。かつての仲間達が遊びに来た時に、ここでセッションをやったりしているから綺麗な状態こそ保たれているが、オレ自体は引退して使ってない。ギターで暴れるのはかれこれ五年ぶりか……。
「よし……火鉄、燃やし尽くしてやるぜえぇぇぇぇぇ!!」
持てる全てを彼女にぶつける。人生を燃やして作り上げてきたモノに、明確な正解がつく……。今まで受けたどんな褒め言葉や誹謗中傷よりも繊細で素直で忌憚のない、彼女の『
さあ、オレの全てを聴け。鼓膜を、脳みそを、魂を、認識を……。お前を構成する、その全てで聴け! オレの全てをお前にぶつけるから、お前もその全てでオレを食らえ! そもそもお前は、何も持ち合わせてねぇかもしれねぇがなぁ!
――オレの一番の輝きをしっかり直に観とけえぇぇぇぇぇ!!
「はぁ……はぁ……。もう歳だから、すぐ疲れてしまう……。しかも五年もブランクがあったから、明日は変な所が筋肉痛だなぁ……」
私は一体いつまでギターをかき鳴らしていたのだろうか、全く覚えがない。少なくとも意識は、あの少女の元へ吹っ飛んだのだろう。
指に切り傷ができている。懐かしいな、この痛みも五年ぶりか。
「加瑚切哲也。いや、火鉄。あなたの
「ええ、それは人間が日々積み重ねている感情です。音楽もそうで、日々の積み重ねによって精度や評価が変動していきます。つまり、同じモノは二度と作れません。でも、それでいいんです。そうやって、高い精度や評価を得ようとすることこそが音楽の、人間の最も優れた点であると、私は思います」
「――そうか。確かに『人間の感情』について高い精度で定義するために、知識搭載カプセルは作られた。今回で全ての感情を知識として定義することは叶わなかったがな。しかしあなた曰く『最も優れた点』とやらが、人間の思考や行動の根底に存在するモノである、という事実を確認できた。それだけでも大きな進歩だ」
彼女は満足そうに語る。知らぬ間に芽生えた感情もどきが発露したのだろう。
「私の役目はひとまず終了した。この結果を
「ええ。少し寂しいですが……もしまたあなたに会うことができたなら、あなたは私と、私の音楽のことをきちんと覚えてくれている……それだけで充分ですよ」
やがて彼女は白くて煙たいアーカイブとなって消えていった。
アーカイブ少女 最早無白 @MohayaMushiro
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