直観勇者

凍ノ絵しらたきを

直観勇者


 草木の中を首輪を付けた猫がネズミを追いかけていた。

 呑気のんきなことだ。俺は今まさに世界の存亡そんぼうをかけた世紀の対決の真っ只中だというのに。


「どうした? これで終わりか? 勇者というのもたいしたものではなかったな」

「グッ……」

 目の前には巨大な蛇。いや、こいつはドラゴン。村の家三軒ぶんありそうな図体ずうたいには翼が生えており、黒や茶色、緑が混ざった汚い色のうろこほどこしていた。鱗との対比によってか、目は宝石のように輝いている。そんな綺麗な目で見据みすえられた俺は、さながら蛇に睨まれたカエル状態だが。

 空は澄んでいて草木が生き生きとして映える。これからまれるかもしれないのに、目の前には日常がいつも隣り合わせだ。

 頑張って! と離れた所で見ている見物客が声援を送っている。正直鬱陶うっとうしい。そもそも言葉と表情が矛盾しているのだ。そんな残念そうな顔をするな、惨めにもほどがある。俺が。


「楽に殺してやろう」

 ドラゴンの威圧的な発言に畏怖いふしてしまった。世界最強の勇者でさえ、異形の者の前では脆弱ぜいじゃくなのだ。

 動かない体で目を必死に動かした。倒壊してる建物と被害のない建物、死んでいる者と生きている者。全てが二極化しそれは混在している。

 

 そのときだった。いつものが起きた。俺の頭に直観的にイメージが流れ込む。


みずうみと……たる?」


 それは今まさに必死で目を動かしたときに一瞬視界しかいに入ったにすぎない。しかし、それが固定されたかのように頭から張り付いて離れない。

 誰がそうさせたのか、自分の意識からくるものなのか。唯一わかっているのは、俺の経験上その直観を無視してはいけないのだ。

 それは一見いっけんなにも関係ないように思えるが、のちのち俺の人生に重大な影響をもたらす。俺の人生イコール世界の平和なのだから、これは責任重大なのだ。


 まず樽は湖のほとりにある。この樽は酒蔵さかぐらのもので、中にはもちろん酒が入っている。屋根は戦いのさいに吹き飛んでしまったらしく、ずらりと並んだ樽達は吹きさらしになっていた。

「で、一体なにをすれば……?」

 この直観を上手く使いこなすのは容易よういなことではない。直観は抽象的で、具体的な対処は自分で見付けなければならない。おまけに何も対処しなければ悪い結果がでるといった、とんでもないスキルなのだ。

 だから俺は考えなければならない。この樽をどうすればよいのだ? 湖はなんだ? どうする? どう繋がる? どうすれば? 考えろ、何をするんだ――。


「さらばだ勇者よ!」

「!」

 俺の顔に影が落ちる。頭上には高々と振りかぶられたドラゴンの尻尾しっぽ。どうやらドラゴンは尻尾で俺を吹き飛ばそうとしていたらしい。

 俺は樽へ向かって逃げるように走った。逃げた瞬間に轟音ごうおんが聞こえ振り返って見ると、今まで俺のいた場所は原型をとどめていなかった。

 律儀りちぎに声をかけてくれたおかげで逃げ切る時間ができた。間一髪助かった。

 しかし肝心かんじんの樽が、俺を追ってきた尻尾の衝撃によって大破たいはしてしまった。

「アガッ……」

 俺は絶望した。俺の直観が壊されてしまった。大破した樽から酒がドボドボと湖へと流れ込んでいく。生々しい音、止まらない液体――これが次に起こりうる俺の末路だとでも言うのか。


「逃げて!」

 遠くの見物客から声が響く。

 ドラゴンが次こそは仕留める、というようにくちに炎をめて向かってきていた。

 俺は急いで湖の中へと逃げた。これはただ単に水は火に強いという、幼稚な発想からくるものだった。

「馬鹿め。この炎から逃げられると思うな」

 ドラゴンは音をたてながら翼をはためかせ、上空から勇者の姿をとらえる。

 俺はドラゴンが大きく口を開けるのと同時に水の中へ潜った。潜水スキルの出番だ。できるだけ深く潜ろう。


ゴォォォオオオオオ

 潜ってすぐ水中に炎の音がにぶく響き渡る。恐ろしい。聞いたことのない音。これがアポカリプティックサウンドだと言われれば納得してしまうだろう。


「ギャアアアアアアア」


 しばらくして断末魔が水中に響いた。アポカリプティックサウンドに加えて断末魔とは、世も末だ。どうなっているんだ? 俺は潜った場所から遠く離れた場所に移動し、浮上して確認することにした。

「プハァッ……」

 顔を左右に振り、しずくを振り払う。呼吸を整えてから俺が潜ってきた方を確認してみる。

「? どう……なっている……?」

 水面から炎の柱が立っており、ドラゴンをみ込んでいる。

「魔法か……? でも一体、誰が?」

 そこで気が付いた。

「そうか! だから樽だったのか!」

 そう、あれは樽の中の酒を湖に流すというのが正解だった。水面にはアルコール度数の高い酒がただよい、ドラゴンから放たれた炎で引火し、翼からの風でそれが舞い上がる。それぞれが影響し合って炎の柱ができあがったのだ。


「素晴らしい。お見事ですね」

 自分自身に驚嘆きょうたんしながらも陸に戻ると声をかけられた。

「誰だ!」

 辺りを見渡しても何もいない。だが、またどこからか声が聞こえた。

「私は、最後の黒幕とでも言っておきましょう」

「黒幕……だと?」

 あのドラゴンが最後の敵ではなかったと? ククク、いかにも冒険らしいではないか。

「黒幕よ。ドラゴンは倒した。次はお前だ。お前の姿を表してもらおう」

 まぐれで倒したのを微塵みじんも感じさせない素振りで俺は言った。

「それは難しいのではないかな? 君には私をとらえられない」

「なんだと?」

「現に私は君の前に姿をさらけ出しているのだよ」

「なにっ?!」

辺りを見回す。しばらく探したあと、それは下にいた。

「?! ネズミっ……?!」

 意外すぎて声が上擦うわずってしまった。足元の石の上にいたネズミは肩を震わせて笑っていた。

「君、今の間で何回殺されてたかわかるかい?」

「……」

「十三回はイケるね」

「! そ、そんな馬鹿な!」

「いや、本当さ」

 俺はこんなに小さな奴に畏怖している。ドラゴンと対峙したときよりもずっと。下手に動くと殺されると直観している。

「いいよ、君とならお相手してあげる」

「! なめやがって……!」

 意を決してけんを抜くも、微かに震えている。緊張――いや、これは寒さからくるものだ。そう、決して緊張などしていない。

「それとも別の日にする? 今日はもう疲れてるでしょう?」

「馬鹿にするな!」

 俺は今までつちかった技を全て披露した。

 しかしネズミは小さい上にすばしっこく、これっぽっちも当たらなかった。本当に技を披露しただけにぎなかった。

「クッ……どうすればっ」

 俺に魔法が使えていれば。

「残念だったねぇ」

 ネズミは薄ら笑いを浮かべている。

 このネズミをどうすれば、どうしたらネズミは――

「!」

 驚いた。

「そうか、だからか……ククク……ハハハ」

 あの時すでに感じていたのだ。俺が正しければ、まだいるはずだ。

「……なにがおかしい?」

 ネズミの問いかけに答えず、俺はヨロヨロと歩きだした。

「おい、どこにいく」

 ネズミは俺が気になるのか付いて来た。好奇心旺盛だ。しかし俺にはネズミを気にしてる余裕はない。これに賭けるしか望みがないからだ。

 

 しばらく歩いて、一軒の家にたどり着いた。倒壊からまぬかれた家の裏に回る。

「確か、この辺りに……こいつのうちにいるはずなんだ」

「なんなんだ? 伝説の武器でも取りに来たか?」

 俺はそれを手に取り、立ち上がった。

「ああ……まさか、これを使うときがくるとは思わなかったがな」

「ほぅ? 楽しみだな」

 ネズミは相変わらず薄ら笑いを浮かべ、どんな武器が出てくるのか楽しみにしている。俺はこらえきれず笑い声を混ぜながら叫んだ。

「行けぇえ!!!」

 俺は振り向きざまに砲丸ほうがん投げの要領ようりょうで、それを投げた。

「にゃあおん」

 ネズミは目を丸くした。そうこれは武器ではない。猫だ。人間をいやす力を持つ猫だ。

 しかしネズミとってこれは武器をも超越ちょうえつする恐怖その者でしかない。

「ぎゃおおおおあ!」

 ネズミは必死に逃げ去る。しかし猫も必死に追いかけていく。猫の首輪に付いている鈴がリンリンとうるさい。

 円を描くように逃げ回るネズミを待ち伏せし、俺は最後の力を剣に込めた。

「これで全て終わりだ」

 言い終えるのと同時に剣を振り下ろした。

赤い花が舞う。猫は獲物を失ったにも関わらず、たいした反応もせずに家に帰っていった。


 俺の直観はイメージとして印象強く映し出される。それは一見いっけん何も関係ないことに思える。だが、対処するかしないかによって大きく結果が異なる。まるでバタフライ効果のように。

 何気ない直観。しかしそれは到底無視できないものである。それは俺が決めたことなのだろうか。必然なのか。俺にはわからない、わかるすべを持たない。一つ言えるとすれば、ありふれた日常の何気ない瞬間、それが語りかけてくるのであれば俺はそれに応えるまでだ。


 そして俺は今日も直観する。


「…………たまご?」

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