『直観遣い』

酒井カサ

第『観』話:夢枕に立つ

 ――実は直観だけで世界を救っている。


 いや、中二病の類じゃねーよ。あんなのと一緒にするなっての。

 考えても見てくれよ、もし俺が妄想癖のある高校生であるならば、もう少しカッコイイ能力を有しているだろ、常識的に考えて。

 左手に邪竜を封じ込めているとか、左目が神さえ殺せる魔眼とか。

 あ、てめー今「随分とステレオタイプな中二病ね。一週回って珍しいかも」と思っただろ。それに「中二病はもともと、TBSラジオで放送されていた伊集院光の番組の人気コーナー 『罹ったかなと思ったら中二病』の名称に由来していて、左腕に邪竜が封じ込められているタイプのほかにも、モテたいがためにひけもしないギターを買うタイプや、いきなり英字新聞を読み始めるタイプも包括した言葉だったけど、今では前者だけを指す場合が多い」とも思っている。

 へぇー、そういう語源なんだ、知らなかった。……じゃなくて、驚いたか。いやまあ、中二病の語源には驚かされたっちゃ驚かされたけど。

 いや、そんな満面の笑みを浮かべて勝ち誇る程のことじゃねーだろ。「後者の二つは今では高二病で括られるのかな……?」なんて問われても知らねーよ。5ちゃんでスレでも立てとけよ。それか診断メーカーで遊んでおけ。頭の中「H」だらけだと自覚してこい。

 ……本筋に戻るぞ。無表情を貫いていてもてめーがなにを考えているのか、『直観遣い』の俺には手に取るように……。いや、大道芸じゃねーっての。メンタリストでもねーし。

 ああもう、おひねりなんていらねーよ。しかも120円だけかよ。昨今じゃ自販機でジュースさえ買えねー額なら渡すなよ。

 な、「いや、その『直観遣い』なる異能力の価値だけど」なんて思うんじゃねーよっ!!!!! 

 これ! 世界! 救う! 力! 

 それと「江戸川区のスーパーだったら、缶コーヒー6本は買えるんだけど」なんてキレられても知らねーよ。いや、「120円をバカにするということは、自分が誇る異能力をバカにしているのとおなじ」とか言われても。

 俺の異能力の価値は120円じゃねえっての。世界を救っている力なんだぞ。それすなわち世界の価値なんだぞ。「……わたしたちの世界なんて、所詮120円の価値しかないのよ」なんて、セカイ系のヒロインみたくひとりごちるな。

 論点をずらすなっ! たかが120円なんかのために。いや、謝罪とか要求されても……。いま、10円で救える命があると言われても……。

 「世界を守るヒーローがまるで命に貴賤があるかのような発言をするのか」という指摘はもっともだけどさ……。その……、120円を嘲笑するような物言いをしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。以後、このようなミスが発生しないように再発防止に努めます……。

 「そうして考えると、缶コーヒーもドンペリね、ガハハハッ」だと、貴様あああああっ!!! 俺の直観が告げている、貴様は世界の敵だってなあああっ! 許さんからなあああああっ!



「……夢を『観』てたんだな、俺」


 頬に伝う寝汗をぬぐいながら、呟く。布団の中で消失したスマートフォンをぼんやりとした頭で探す。見つからない。

 先に水分補給をしようと牛乳を探すも、あるのは空のコップだけ。ああ、なるほど。先にスマホを探さなきゃ。

 枕の下から発見し、内閣府に属する上司に電話する。


「俺です、ターゲットの居場所がわかりました。なぜって。そりゃ敵が夢枕に立ってたので。へえ。夢枕に立つのは神仏や故人が基本なんですか。なら今回は例外ってことで。敵はサキュバスです、おそらく。対魔用シールドのなかで牛乳だけがなくなっていたので。……知りませんか、『枕元に牛乳を置いておくと、サキュバスが精液と間違える』って。他の怪異の可能性もありますけど、夢で『観』た姿は俺好みの美女だったので、間違いないと思います。やたらとインターネットについて詳しかったので、恐らく出会い系サイトによって獲物を収集しているかと。サブカルの知識量が豊富だったので、獲物はそういう男性でしょう。Twitterや5ちゃんで唐突にモテ自慢を始めたやつがいたら、確認してみてください。あ、サキュバスとシているのなら、怪異と化している可能性もあるので、接触するさいは戦闘員じゃないとマズいかも。でもまあ、会話のなかで『江戸川区』と出てきたので、潜伏先を割り出したほうが早いかもしれません。缶コーヒー1本が120円のスーパー。その近隣にある住居の通信を傍受してれば、尻尾はつかめると。いえ、俺は何もしてませんよ。ただ、『観』ただけですよ。それじゃ、あとはよろしくお願いしまーす」


 電話を切り、そのまま枕になげる。それに続いて、自分も布団に倒れ込む。

 また、直観で世界を救ってしまった。

 ――人間という知的生命体のみが繫栄する世界を。


「せめてもの計らいで、俺の『能力』を懇切丁寧に解説してやってたのに。あいつ、まったく話を聞かなかったなぁ……」


 顔だけは好みだっただけに思うところがないわけでもない。

 あんなギャグギャグしい雰囲気からどうやって精を絞り取りにかかったのか、気にならないわけでもない。宮仕えじゃなければ試してみたかもしれない。


「120円で落とす命か……。ミスドのパイとおなじ値段」


 懐かしのCMソングが脳裏によぎる。いけない、食べたくなってしまう。

 世界を255回救ったご褒美に食べよう、そうしよう。



 ――ロマサガみたくピコーンと閃く『直観遣い』。

 世界を救ったその瞳はなにを映す?

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『直観遣い』 酒井カサ @sakai-p

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