管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編3 魔王様の直観

出っぱなし

第1話

 人という種族は、卑劣で残虐な浅ましい生き物だ。

 我ら魔族を絶対悪などとほざいてはおるが、どちらが邪悪な生き物なのか我には甚だ疑問だ。

 しかし、人族にも少なからず良い点があることは『魔王』である我でも認めるところはある。

 

 その一つが、美しいものを愛でる心を持つこと、である。

 我も美しい花を愛でることが好きではあるので、人族の考え出した『花言葉』というものは特に気に入っている。


 今日もこの地は清々しいまでの青空だ。

 日当たりが良いが、暑すぎることもなく、風の通りもよく空気も程よく乾燥している。

 人族の連中は、我が居城『魔王城』はおどろおどろしい闇に閉ざされた暗黒の世界だと思い込んでいる。

 だが、実際はこのように神に祝福されたかのような自然環境に恵まれた土地にある。

 

 400年前の大戦の後、我は、『大魔王』などと呼ばれ、名誉を貶められたあの御方を失い、憎悪と絶望に苛まれていた。

 当時は力なき小娘だった我だったが、なりふり構わず、人族のようにあらゆる手段を使って今の『魔王』の地位まで登り詰めた。

 が、今は関係のない話よ。


 『魔王』となった我は、この地に居城を築いた。

 それが、この城だ。


 この城は、あの御方が生まれ変わり、いつ再臨されても良いように隅々まで品よく丁寧に築き上げた。

 中庭には、あの御方と共に愛でていたような色鮮やかな花々で咲き誇る庭園も造成した。

 庭園の管理は配下の魔族にやらせてはいるが、長期で我が不在になる時以外、誰にも触れさせない区画がある。

 

 この区画には、あの御方の家紋であった紫の竜胆が中心に植えられ、その周囲にはラベンダーが落ち着いた香りとともに、清楚に寄り添っている。

 我は、は、この区画にいるときだけ、『魔王』という重圧から解放された。

 かつて愛し、今も愛し続けるあの御方を感じることが出来るのだから。


 紫の竜胆はあの御方そのもの、正義感に溢れ、勝利に導く大将軍のように太陽の照る空を向いて凛と立つ。

 でも、時折見せる悲しげな顔で笑うあの御方もは愛していた。

 傍らで繊細に咲くラベンダーのように、静寂と共にはあの御方の再臨をいつまでも待ち続けていた。

 でも、はいつまで待ち続ければ良いのだろう?

 400年という月日は、長命な私達魔族ですら、希望を見失いそうなほど疲れ果てさせた。


 この日も、我はあの区画の世話を終え、湯浴みをした。

 かつては、人族の処女の生き血で湯浴みをしたこともあったが、いつの間にかただの湯に浸かるだけになった。

 400年という悠久の時の流れは、憎悪と絶望に苛まれていた我にも僅かながら変化を与えていたようだ。


 湯浴みを終えると、我は配下の者から報告を受けた。

 人族の領域からの情報提供者『ザイオンの民』から連絡を受けたそうだ。

 

 ふん!

 連中もあの御方の再臨を望んでいるようだが、何を企んでおるのやら。

 気に食わん連中だが、正確な情報をよこすので我も手を組むことにしている。

 通信魔道具の鏡のある部屋へと向かった。


 鏡に映る『ザイオンの民』の丸々と太った男は、調子の良いニヤけづらで我におべっかを使っている。

 我を恐れてはおるが、その胸にどんな一物を持っておるのか分からぬ悪党よ。

 実に人族らしい。


 この男が言うには、『神の子』とやらが竜王軍の四天王暗黒竜を一騎討ちで討ち取ったらしい。

 それも圧倒的な力で一撃だったそうだ。

 

 この報告には、長い時の間にあの御方の再臨という希望を失いかけていた我ですら興味を惹かれた。

 15年ほど前に、この『神の子』とやらの誕生の報告は受けていた。

 だが、我はあの御方を失わせた勇者ヤツの再臨だと思っていた。

 それ故に、監視しつつ常に警戒していた。

 もしもヤツの再臨ならば、我が手で縊り殺してやろうとも思っていた。


 しかし、ヤツとは何かが違うと我が直感は告げていた。

 この直感が何かが我には確信がなかった。

 それ故に、我はこの目で直接確かめてやろうと思った。

 その姿を、その魂を我が自ら見極めてやろうと。


 我は単身、暗黒大陸の人側の領域、城塞都市マルザワードへと赴いた。

 我が到着した時、何やらお祭り騒ぎになっていた。

 我は人族が集まっているだけで、黒い悪魔並にジンマシンが出るほどの嫌悪感が湧いてくる。

 しかし、我慢してその中に無理矢理入っていった。


 そこでは、人族同士が決闘をしていた。

 人族としては珍しく暗黒闘気を扱うことの出来るヴァイキングの大男と小柄なシーナ帝国の人族の戦いだった。

 どちらも、魔族の上位陣に匹敵する力を見せていた。


 ヴァイキングの大男が勝利をおさめると、なぜか騒ぎを起こして聖騎士の隊長と決闘をすることになった。

 この隊長は我も覚えている。

 あの御方の命を奪った忌々しいあの男の末裔の部下だった男だ。

 あの頃と同じく、粗暴で品のない気に食わない男だ。


 我はこの隊長がやられるのを狙い、誰も治療したがらないヴァイキングの男の治療をした。

 我が治療している時に調子に乗って口説いてきたので、その口を切り裂き、頭をかち割ってやりたくなった。

 だが、目的のためならばこれぐらい我慢しなくては。

 居城に帰ったら、すぐに湯浴みをして穢れを払わねば!


 結果としては、上出来以上だった。

 ヴァイキングの大男は、この街の隊長を瀕死になりながらも葬り去った。

 我は小躍りしたくなるほど喜んだが、この街の連中は呆然としていた。

 

 その時に、誰かが前に出た。

 『神の子』と呼ばれる少年だった。

 このヴァイキングの大男との決闘に名乗りを上げたのだ。


 まさか、この少年は!?

 我の、の直観は告げていた。

 でも、は人族に散々酷い目に遭わされてきたので慎重になっていた。


 その夜、この少年に直接会いに行った。

 ああ、はこの時から直観で分かっていた。

 でも、はもったいぶって素直になれなかった。


 その後のヴァイキングの大男との決闘で間違いなく、あの御方の再臨だと、生まれ変わりだと直観で確信した。


 その夜、語り合い、私はためらいながら、自分の直観を信じようと決心した。

 私は一歩踏み出し、弱音を吐くこの御方の胸に触れた。


 ああ。

 この心臓の鼓動は、魂のぬくもりは、あの御方と同じ。

 この時に私が放った言葉は、自分にも向かっていた。


 そう。

 考えても分からなければ、ここで感じ、直感よりも直観が、心の煌きよりも魂の閃きが真理へと、真実の愛へと導いてくれると。

 

 にはもう、迷いなんかなかった。

 そして、あの御方の生まれ変わりが、いいえ、この御方がを求め、もまた、この御方を求めた。


 私達はこの夜、何度も交わり、お互いの魂のつながりを確かめ合うようだった。

 の魂は憎悪と絶望から解放され、歓喜と希望に満たされた。


 ああ、は、最後の一輪の花になるほどの長い刻の間、貴方様をずっと待っておりました。

 今度こそ、は竜胆のような貴方様へ、ラベンダーのように献身的な愛をいつまでも捧げます。

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