いちぬけた

高山小石

いちぬけた

 --あぁそうか。


 とうとつに、ただ理解した。


 今までふつうに生きてきた中で、当たり前みたいに言われてきたのは「手を出す前に話しましょう」。

 覚えている限りでは「お友達が使っているオモチャで遊びたかったら、まず『かして』って言おうね」が最初だ。


 そりゃそうだよな。

 いきなりぶんとったらケンカになる。

 言うのがめんどくさいからって殴りかかるのはおかしいって、バカな俺でもわかる。


 さっきまでの俺は、何事も会話をしてからだって思ってた。


 でもさ、話し合う間もなく、ばんばん殴られたり蹴られたりしたら、話し合うどころじゃないよな。

 そんな相手と話し合おうって気にもなれないし、それでもガンバッて話したところで通じなかったら、むなしくてどうしようもない。


 俺もさっきまでは「話せば伝わる」「最初は無理でも、きっといつかわかってくれる」って思ってた。


 でも、もう俺が限界だ。

 どれだけ俺が話そうが通じない。


 前にカウンセラーに相談したときは「しんどい気持ちよりも楽しい気持ちを増やすといいですよ」って教えてくれた。


 例えば、心が卵サイズだとして、しんどい気持ちが卵にはち切れんばかりにあると、外からの言葉は入らないんだってさ。

 だから卵にこじ入れようとするんじゃなくて、メロンくらいの楽しいこと嬉しいことで卵を包んであげれば、しんどい気持ちが割合的に少なくなるから、言葉が入るらしい。


 やってはみた。

 美味しいメロンを作るためにガンバッてみた。

 確かに多少はマシになったけど、メロンは一回作って終わりじゃなかった。

 俺がメロンを作り続けないとマシな状態を維持できない。

 そいつのメロンを維持するために、俺のメロンはけずれていって俺の卵は粉々になった。


 ここで問題。

 誰が俺の卵をメロンで包んでくれる?

 答えは簡単、そんなヤツは誰もいない。


 みんな自分の卵を守るので手一杯なのに、他人の卵にまで気をまわせない。

 俺は俺の卵を修復するために俺一人で俺のメロンを作らなくちゃいけない。

 

 たまにメロンじゃなくてスイカくらいのヤツがいる。

 スイカはメロンを作るのもうまい。


 でも、俺がどれだけ「もう限界なんだ」と伝えても、「お前のやり方が悪いんじゃないのか」「うまくできないのはお前のせいだろう」って話を聞いてもらえない。ただ「そいつをまともにするのはお前の仕事だ」と言われるだけだ。


 そしてこれが不思議なことに、言葉を重ねれば重ねるだけ「お前は文句ばかり言う」「もっと良いところを見ろ」と言われるようになり、どんどんこちらの言葉が届かなくなる。


 多少回復できてた卵にもひびが入って、また壊れる。俺の卵の修繕は終わらない。


 要約すると、

 俺がどれだけソイツに尽くしたところで、良い状態は一瞬で終わる。

 俺が周囲にそいつの不満を伝えれば、誰もがそいつの行動を俺のせいにする。

 そして周囲は俺にもっと尽くせと言い続ける。

 俺の卵が粉々になってもおかまいなしだ。


 周囲にとっての俺は、そいつのサンドバック兼マネージャーかなにかなのか?

 俺の人生はそいつの付属品なのか?


 今ならわかる。

 そいつは自分で修復する気がないから俺からメロンを奪うだけなんだ。

 そもそも周囲は俺の卵なんかどうでもいいんだ。


 きっと知らない間に俺は違う世界に入り込んだんだろう。


 中二病みたいに表現するなら、この世界の誰もがそれぞれ違う世界線に立っている。

 同じ世界に一緒に暮らしているように見せかけて、たとえ言葉が通じていても、話が通じるとは限らない。


 というか、俺はもう、誰とも話が通じるなんて思わない。

 今俺がいる世界線は話が通じない世界線だから。

 周囲にわかってもらうための努力をするのはもうやめる。努力しただけ俺の卵が粉々になるだけだ。

 

 俺は俺の人生を生きる。

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いちぬけた 高山小石 @takayama_koishi

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