推理の不在

瀬川

推理の不在




「どうして犯人が私だと分かったんですか?」


 刑事に両脇を固められながら、人を二人も殺した犯人は探偵に尋ねた。

 彼の計画は完璧なはずだった。


 時間的にも物理的にも、自分が犯行を行うには不可能に見える状況を作り上げ、そして計画通りに実行した。

 それなのに今、彼は捕まっている。


「さすが名探偵ってところですかね。あなたがこの屋敷に訪れた時点で、私の運命は決まっていたようなものか」


 腕を組んで答えない探偵の姿を見て、犯人は自嘲気味に笑う。


「でも私にとって、犯行を行うには今日しか無かった。最高のタイミングで、上手くいったと思っていたんですけどね」


 ちらりと犯人の顔を一瞬だけ視界に入れた探偵は、やはり何も言わなかった。


「私は全然後悔していませんよ。あいつらは死ぬべき人間だった。ただ、それだけです」


「ほら、もういいだろ」


「そろそろ行くぞ」


 犯人の話が終わると、両脇の刑事が歩くように促す。

 それに抵抗することなく、犯人は歩き始めた。


 しかし数歩進むと、探偵の方を振り返る。


「またどこかでお会いしましょう。その時は、もっとあなたを楽しませますよ」


 それだけ言うと反応を見ずに、外に停めてあるパトカーへと、迷いない足取りで歩みだした。



 犯人の姿が見えなくなり、探偵の後ろに控えていた助手が、詰めていた息を吐いた。


「……本当に怖かったですねえ。オーラがあるというか、まさしく犯人みたいな」


 今まで肩の力を入れていたせいで、凝り固まった体をほぐしながら、探偵の顔が見える位置に回り込む。


「でも、よくあの人が犯人だって分かりましたよね。言っていた通り、アリバイは完璧でしたし、あの人の身体じゃ犯行は不可能だと誰もが思っていたじゃないですか」


 ソファに座ったまま動かない探偵は、懐からタバコの箱を取りだした。

 そしてゆっくりとした動作で口にくわえると、火をつけた。


「実はな……」


「はい!」


 犯人が犯行を自白し始めてから、ほとんど口を開かなかった探偵がようやく話し始めると、助手は身を乗り出す。


「どうやって犯行をおこなったのか、全然分からなかったんだよな」


「…………………………はい?」


 自分の耳で聞いた言葉が信じられず、数秒の沈黙の後、助手は聞き返した。


「え、でも、先生があの人が犯人だって言ったんじゃないですか」


 犯人が自白し始める前に、お前が犯人だと言ったのは探偵だった。

 自信満々の様子で言いきったから、犯人も観念して自白した。


「何となく犯人だと思ったんだけど、何の証拠も無かったんだよ。でもあいつ帰ろうとしていただろ? だから逃げられる前に、引き止めておこうとしたんだ」


「でも、もしも先生の言う通りだったとしたら、自白していなかったらどうするつもりだったんですか?」


「あー、そうだな」


 タバコの煙を上に向かって吐き出した探偵は、口角を上げてニヒルに笑った。


「その時はその時だ」


「……そうですか」


 探偵の見事な手際に感動していた助手は、確かに推理を全くしていなかったことに今更ながらに気づいて、肩を落とした。


「ま、運も実力のうちってことだ。実際に犯人はあいつだったし、見事に捕まったんだから、ハッピーエンドだろ」


「そうですね……」


 反論をする気も起きず、助手はこの会話を自分の胸の中に留めておこうと、そう決めた。

 そして、こんないい加減な探偵の助手をしている自分に見る目がないと、転職を本気で考えることにした。





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推理の不在 瀬川 @segawa08

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