第29話 ポイントは水!?

「凄いですね」

「ああ。崖崩れの範囲が広がっていなければいいけれど」

 それぞれに不安を口にしつつ、傘を閉じて渡り廊下へとよじ登った。廊下はすでに雨で激しく濡れており、つっかけのまま上る。そしてドアへと近づいた。こちらも暗くてよく見えないので、二人は手探りで状態を調べることになる。

「ん?」

「どうしましたか」

「これ、パイプのようですね。ドアの上のこの部分からずっと」

 そして気づいたのは、ドアの周囲にはパイプが巡らせているらしいということだ。それもちゃんと木製のドアに合うように色合いが調節されていて、一見すると解らないようになっていた。なるほど、何度かこのドアを通っても気づかなかったわけだ。

「これがポイントみたいですね」

「ええ。しかし、一体何のために」

 友也がそれを指で弾いてみると、ぼんっと鈍い音がした。さらに何度か場所を変えて弾いてみるも、同じような音がする。

「中は液体みたいですね」

「そうですね。となると」

 やはり雨水が関連するのか。千春はそのままドアの上部へと手を伸ばす。こういう時、背が高いのは役立つものだ。しかし、そこには何もなかった。

「何もなさそうですね」

「でも、明らかに水が通っているのに、この水は雨水だけなんでしょうか」

 友也も同じように調べたが、ドアの上部に水を溜める場所があるわけではなかった。

「天気に多少なりとも左右されるとなると、地下水でしょうか」

「他には考えられませんね。しかしどうしてドアなんかに水の通り道があるんでしょう。しかも時間によって水位が変化するってことですよね」

「でしょうね。ドアにある理由はまだわかりませんが、崖崩れの要因も地下水にあるのかもしれません」

 しかし床下を確認しようにも、雨が激しくてそれは無理だった。一先ず廊下から下を覗き込んでみるが、暗闇と雨が邪魔して確認できない。

「反対側も調べてみましょう」

「そうですね」

 そのまま渡り廊下を進み、二人は客室のある方のドアも調べた。するとやはり、パイプが巡らせてあることが解った。

「つまり、水圧が関係しているってことですね。それでドアが押され、一定時間開かなくなってしまうというわけか。普段ならば地下水だけの問題ですが、この大雨で予測時間よりも早く水が上がって来てしまったんだ」

「ええ。となると、朝開かなかったのも、雨のせいで地下水の水位が上昇したためかもしれないですね。崖崩れが起こった原因は、山の反対側の雨が先に降ったためってことでしたよね」

「ええ」

 地下水と考えて間違いなさそうだと、友也も頷いた。となるとこのドア、雨が上がってもしばらくは開かないことになる。

「まあ、渡り廊下が使えないからといって困ることはないでしょうけどね」

 友也はそう言うと、アトリエ側のドアを見た。そこを開ける必要はない。たとえ桃花が意識を取り戻したとしても、この廊下を使うことはないだろう。そう思ってのことだ。

「そうですね。警察には説明する必要があるでしょうけど」

 しかし、そうなると、どうやって夜中の間の決まった時間は開かないように出来るのだろうと、千春はそれが疑問として残ったのだった。




 暇を持て余した英士と翔馬は、大量の嫌がらせとして送られてきた手紙の分類を始めていた。何か手がかりがあるかという考えがあってのことではない。本当に暇なだけだ。思い付きで統計を取っている。

「意外とカレーせんべい入りが多いな」

「一枚売りってのはないと思いますからね。嫌がらせ用に買ったんだったら、食べることもないでしょうし。全部送り付けてきたんでしょう」

「なるほど。一箱分ってことね」

 それはそれで根性の入った嫌がらせだと、英士は思わず笑ってしまう。そこまでして妨害したいのかと、その執着は見上げたものだ。ひょっとしたら似たような研究をしている同業者がやっているのかもと、そんな邪推をしてしまう。

「他はカッターの刃やカミソリの刃ってのも多いですね。こちらも箱買いしたんでしょうか」

「いや、だからさ。どんだけ本気の嫌がらせなんだよ。一個一個は大したことないけどさ、それを大量に送るってなると、やっぱり相当なもんだぞ、これ」

 よく普通に嫌がらせとして扱っていたなと、その軽さに驚かされるところだ。これだけ溜ってもなお被害届を出さなかった千春と翔馬の呑気さに、犯人もよく呆れなかったものだなと思う。いや、だからずっと送っていたのかもしれないが。しかし、統計を取ってみると、その異様さが浮き彫りになっていた。

「そうですね。こうやって改めて分類すると、なんか怨念みたいなものは感じますねえ」

 ははっと、被害者じゃないからと軽い翔馬だ。お前はこの研究室に所属しているんじゃないのかと、英士は問いたくなる。ちょっとだけ犯人に同情してしまった。成果ゼロの嫌がらせほど、無力感を覚えるものはない。

「ちゃんと考えようぜ。箱買いしたものとそうでないもの。ここの分類からだな」

 こうなったらきっちりデータを出して被害届を出そうと、関係のない英士が張り切ることになる。これだけ山のようになった手紙だ。恐らく犯人は何か訴えたいことがあるに違いない。そうでなければ千春の研究を妬む同業者で決定だ。

「なるほど。そういう発想をしたことはないですね」

 単純な嫌がらせばかりだったから暇を持て余した奴のやったことだと決めつけ、相手にする気のなかった翔馬は目からうろこだ。

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