第28話 またドアが開かない

「どうかしたんですか?」

 ドアを開けて蝶番や隙間を調べるのではないか。そう疑問に思って千春が問うと、開かないんだと二人が声を揃えて言った。

「開かない?」

「でも、まだ七時ですよ。次に開かなくなるのは、たしか八時でしたよね」

 何かの間違いではと大地はドアを押したり引いたりしてみたが、ぴくりとも動かなかった。まだ若い大地がやっても一切動かないのだから、やはりロックが掛かってしまっているのだろう。

「どういうことだ」

「どうかしましたか?」

 どんどんという音と、困惑した声が聞こえたのだろう。田辺が大慌てでやって来た。そして開かないと伝えると、まさかと驚いた。

「本当です。どうやっても開かないんです」

「朝も同じように開かなくなっていたんですよね。つまり、不測の事態で開かなくなることがあるってことですか」

 大地が困惑顔で伝えるのに続き、千春は今までもイレギュラーに開かなくなったことはあるのかと訊いた。ひょっとして例外があるのかと思ったのだ。

「そ、そうですね。何度か時間外に開かないことはありました。しかし、それをすぐに先生にお伝えすると開くようになったので、気にしていませんでした」

「なるほど。すぐに対処することが可能なのか」

 しかし、今現在開かないとなるとどうすればいいのか。そこでふと、ドアが連動しているという話を思い出した。

「ということは今、アトリエ側も開かないんでしょうか。それとも、朝と同じように片側だけなんでしょうか」

「おそらくは両方開かないはずです。本当に朝の、片側だけ開かないというのは初めてでしたので」

「ちょっと行ってみます」

 千春はどこから出たらいいかと田辺に訊く。玄関まで戻るのは面倒だ。しかも玄関からだと、ぐるりとこの建物を周ることになる。

「で、でしたら台所にあります勝手口を使ってください」

「俺も行きます。緒方先生と今村先生はここにいてください」

 友也がすぐに名乗りを上げ、二人で台所へと向かった。バタバタと廊下を駆けると、ビーフシチューの匂いの隙間から血の臭いが鼻を擽る。渡り廊下と浴室が近いせいだ。それに顔を顰めつつ、今はドアの確認だと気持ちを集中させる。

「おや」

「すみません。通り抜けます」

 鍋の前で火加減を見る石田が何事かという顔をしたので、千春は勝手口を指差して言った。それだけで了解が得られた。

「どうぞ。つっかけもありますから」

「ありがとうございます」

 二人は勝手口に置かれていたつっかけを借り、外へと出ようとした。が、激しい雨に阻まれる。

「そうだった。傘がいるんだ」

「はい、どうぞ」

 すると石田が、苦笑いとともに傘を差し出してくれた。どうやらすぐに取りに行ってくれたらしい。二人がすっかり失念していることにすぐ気づいたのだ。

「すみません」

「いえいえ。カッパがなくて申し訳ない。置いてあったと思ったんですけど、なくなってしまったようです。傘立てはそこ、ゴミが置いてあるところです、終わったら中に入れておいてください」

「はい」

 台所から勝手口までの間、奥まった小さなスペースがあって、そこがゴミやちょっとしたものを一時保管する場所となっていた。そこに円筒の傘立てもあって、ビニール傘が差さっていた。そこから石田は手早く持って来てくれたのだ。すでに六十を超えているというのに、フットワークが軽い。

「それと、アトリエ側の勝手口は書庫の横ですよ」

「ありがとうございます」

 ドアを調べることは田辺から聞いていたのだろう。すぐに的確な情報をくれる。千春は礼を述べると、先に出ていた友也とともに渡り廊下の横を進んだ。

「風が強くないのが救いですね」

「ええ。これで風も激しいとなると、確認も出来ないところでした」

 とはいえ、激しい雨のせいで二人のこの会話も、ほぼ怒鳴るように言わなければ成り立たなかった。台風並みの激しさで降っている。二人は必死に早足で進み、書庫側へと回った。

 勝手口から中に入った瞬間、何とも言えない、生理的に受け付けない臭いが濃密に臭ってきた。死体の腐敗が進んでいるのだろう。

「湿度が高いから余計にですね」

「ええ」

 二人は鼻を指で摘まむと、さっさとドアに近づいた。そしてどんっと体当たりしてみる。が、こちらもぴくりとも動かなかった。やはりロックされている。

「どうしてでしょう」

「さあ。先生の伝達ミスなのか、予想外のトラブルなのか」

 時折開かなくなることがあるということは、何かがあるのだ。しかし千春にはまだ、このドアの仕掛けが見抜けない。スマホのライトで照らして蝶番を見てみたが、一般的なものとしか言えなかった。

「この雨が原因でしょうか」

「そうですね。湿度も上がっているし、仕掛けに影響しているのかもしれない」

 二人は丹念にドアの周囲を手で触った。何かヒントはないか。それを確かめる。建物の中は暗いから、指の感触が頼りだ。しかし、どこにもおかしなところはなかった。

「外も見てみましょうか」

「そうですね。傘があっても濡れているし」

 二人は勝手口から外へ出ると渡り廊下へと向かった。雨はますます激しさを増しており、雨の迫力で息が詰まりそうだった。

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