第27話 ドアにどうやって仕掛ける?

「でも、ドアの近くにそんな隙間を埋めるようなものなんてあったかな」

 大地は首を傾げて、ドアの周囲を思い出そうとした。しかし渡り廊下に出るためのドアであり、そこらにあるドアと大差ないものだった。周囲には美紅の死体が発見された浴室があり、その反対側は台所と、水回りが固まっているということくらいか。

「反対側のアトリエの方は、近くが書庫でしたね」

 あちら側は水回りが固まっておらず、書庫と桃花たちの部屋だった。忠文はそこにも仕掛けられる隙間はなさそうだと眉を寄せて悩む。いや、書庫ならば普段から頻繁に使うことはないので、仕掛けられるかもしれない。しかし、あれだけ大量の本が入っていたとなると、やはり無理かなと思ってしまう。

「仕組みは単純で、そして見落とすようなものでしょうか」

「かもしれませんね。もしくはゼンマイ仕掛けとか」

「ああ。だったら時間というのは解ります。ゼンマイを巻く時間は開いていて、巻き切ると閉まってしまう。でも、それならばどうして日によって時刻が変わるのか。ここが解りませんね」

 ゼンマイという忠文の考えは悪くないけどと、千春はその問題点を挙げていた。ゼンマイ仕掛けだったら、必ず時間は一定のはずだ。しかし、田辺の証言によると日に日に時間が変わるという。けれども予測可能で、その予測する方法を安西は知っていた。もしゼンマイ仕掛けならば、毎日のようにゼンマイばねを取り換える必要がある。長さを変えなければ時間は変化しないからだ。

「そうでしたね。時間が変化する。しかも、夜中閉まるようにするという、設定の変更も可能だった」

 忘れていたと忠文は苦笑した。なかなか難しい問題だ。条件が多い。それらをすべて満たす仕掛けを考えなければならないのだ。

「木製というのも、ポイントなんでしょうか。そういう仕掛けがあるのに、木製って珍しい気がしますよね。俺の主観ですけど」

 大地がこの点についてはどうなんだと、建築家の友也に訊く。

「そうですね。たしかに仕掛けを施しやすいのは鉄製など別の素材ですね。しかし、木というのは扱いやすく、しかも伸縮性がありますからね。仕掛けに向かないということはないと思いますよ。それこそ、ちょっと圧力を掛けると変形して隙間を埋めてくれますし、僅かな時間ならば戻りますからね」

 変形させやすいのは木製だろうというのが、友也の見解だった。一見、仕掛けに向きそうにない何の変哲もないドアだが、あれで理に適っているというわけだ。

「ううん。となると、やっぱり周辺に何か仕掛けがあるってことですね」

「ええ。他に考えようがないです」

 しかしどういう方法があるのか、全く見当もつかなかった。

「もう一度、見に行ってみますか」

「そうですね。時間はたっぷりとある」

 千春の提案に、友也は腕時計を見て頷いた。時間はいつしか夜の七時になっていた。夜しかし、明けまでざっと十時間はあるだろう。ここでぼんやりと無為に考えているよりはいい。

「食事はもう少し遅くても大丈夫ですよね」

「え、ええ。石田に申しておきます」

 おそらくもう出来上がっている頃合いなのだろう、田辺はそう答えて台所の方へと歩いて行った。

「ちょっと悪いことをしちゃったかな」

「まあ、大丈夫でしょう。昨日のような凝ったコース料理というわけでもないだろうし」

 友也が肩を竦めるので、忠文が苦笑してフォローした。たしかに、昨日はパーティーだったからあれほどの料理だったのだ。今日は、本来はどうだったかは解らないが、非常時の食事である。それほど凝ったものを用意しているとは思えない。

「カレーかな」

「どうしてだい」

「非常食の定番ってレトルト食品でしょ。だからですよ」

「ううん。でも、食材は多く仕入れているって言っていたから、カレーだとしてもレトルトではないと思うけど」

 大地の呑気な予測に、千春はそう訂正しておく。しかも千春にすれば今、カレーは食べたくないところだ。何度か嫌がらせの手紙に入っていたカレーせんべいを思い出してしまう。一度、翔馬が大声で文句を言いながらカレーせんべいを報告してきたので、それだけは印象に残っていた。

 そう言えば、あの嫌がらせはまだ継続されているのだろうか。最近では確認すらしていなかったなと、千春は心の中で翔馬に謝っておく。任せっぱなしになっていた事実を、ようやく思い出した。

「さて、行きましょうか」

 再び廊下に出て、全員で渡り廊下へと向かう。途中、台所を通ると用意されつつある夕食の香りがした。

「あ、ビーフシチューみたいですね」

「だな」

 予想とはちょっと違って、その匂いはビーフシチューの煮込まれる匂いだった。シェフが作るとあって、学食のものとは違うように千春は感じる。深みのある匂いに、思わず鼻をひくひくと動かしてしまった。

「美味しそうだな」

「ええ。昨日も思いましたけど、石田さんの料理は絶品ですよ。まあ、普段がコンビニ弁当の人間なんで、誰かの作った料理ってだけで格別なのかもしれないですけど。久々に至福の時って感じでしたね」

「ははっ。それは俺も同じだな。学食よりは格段に美味しいよ。石田さんの料理はセンスがいいと思うね」

 大地と千春は妙なところで馬が合った。互いに食生活がルーズなのだ。事件があったとはいえ、これほど美味しい料理が食べられるなんてラッキーと思っている。そんなことを言い合って、二人がははっと笑い合っていると

「ありがとうございます」

 と、石田がひょっこり台所から顔を出した。どうやら今の会話、しっかり聞かれてしまったらしい。今まで仏頂面しか見たことがなかったが、石田はにっこりと笑っていた。料理が本当に好きな人なのだろう。

「楽しみにしてます」

「ちょっとですから」

 二人も笑顔でそう返してから、先にドアを調べていた二人に追いついた。忠文と友也も石田の料理を気に入っているのか、顔がにやにやしていた。しかし、困ったことが起こったらしい。ドアの前で立ち尽くしていた。

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