第30話 嫌がらせの本気度

「本気で犯人が可哀想になって来たぞ。それで、だ。カレーせんべいは恐らく一人の人間がやったんだろう。これは箱買いで決定だ」

「そうですね。総計三二枚。半端に見えて、一箱だか一袋だかの枚数っぽいです」

 翔馬はエクセルに打ち込んでおいた表を見て頷く。

「次に何らかの刃は?」

「カッターが一二〇枚で、カミソリが五五枚ですね。今のところ」

「おい。あの刑事はこれでよく事件性がないって言い切ったな」

「そ、そうですね」

 よく考えなくても危ないぞと、具体的な数字になって初めて危機感を抱いた。これだけせっせと送って来ていたとは、そしてそれに気づかずに毎日過ごしていたとは、慣れとは怖いものだなとも思う。この研究室には気づかないうちに大量の刃物が送られていたのだ。

「お前もちゃんと報告していなかっただろ」

「ええ、まあ」

 もはや送られてきていると言うのも面倒だったというのが、最近の翔馬の心境だった。千春は相手にするどころか見向きもしないので、こちらも適当になる。

「揃いも揃って無視かよ。ますます犯人が手紙を送って来て当然だよな」

「ですよねえ。いつ気づくんだボケ、ってことですね」

 翔馬も執念深くなって当然かと笑うしかないが、しかし、どうしてそんなにまで嫌がらせをしてきたのか。

「で、その他って何があったんだ?」

「ああ、そうでしたね。その他としてはカエルの死体、縫い針、大量のホッチキスの針、ゴキブリってのもありましたね。他には小麦粉などなど」

「おい。それでよく」

「はいはい。被害届を出さなかったなってことでしょ。いや、その時は驚くんですよ。でもまあ、いいかってなるじゃないですか。それによくこれだけ送るものを思いつくなって、妙に感心してたっていうか」

「それは確かに」

 たしかにこれだけよく思いついたものだと、感心したくなる気持ちは解る。いや、感心している場合ではないのだが。

「そういう虫とか爬虫類とかは、連続していないんだな」

「そうですね。犯人も一回で懲りたんでしょうか」

 そう言えば、二回目はなかったなと翔馬は頷く。そもそも、いくら千春が憎いとしても、カエルやゴキブリを封筒に詰めるという作業をやるのは嫌だろう。よほどのサイコパスでない限り一回で止めようと思うはずだ。

「まあ、そう簡単にカエルがいるとも思えないしな」

「そうですね。この辺だと井の頭公園ですかね。捕獲できそうなスポットって」

「いや、そこは代々木公園でもいいだろ。って、どうでもいいんだよ。カエルの捕獲先は。要するに、労力のいる嫌がらせだってことだ」

 それにカエルの発生時期にも絡むだろしと、英士は壁に掛かっていたカレンダーを見た。今は五月だ。ぎりぎりいるかなという時期である。

「カエルってつい最近か」

「ええ。まだ印象に残ってますからね。たしか連休明けくらいでした」

「ふうん」

 ヒントになりそうなんだがと、英士は首を捻るが思いつかない。しかしカエルねえと、疑問になる贈り物だ。だが、手ごろなところでも捕獲できるなと発覚しただけである。東京は意外なほど緑が多いのだ。

「思えばこれ、三月からせっせと二か月間、やっているんですよね。送ってくるだけでも、かなりの金額が掛かってますね」

「そうだな。思えば一通八十四円としても、これだけの枚数になると、カレーせんべいだけでも二六八八円。カッターに至っては百回を超えているからな。それだけでも八四〇〇円以上だぞ」

 こちらも具体的に考えると、ぞっとするものがあった。嫌がらせの手紙は昨日まで複数枚届いていた。それがもし一人の人物がやっていたとすると、これだけの行為に一万円以上のお金をつぎ込んでいることになる。

「よほどの金持ちですかね」

「金持ちがこんな小さな悪戯するか」

「ですよね。実際、何の用事があったのか解らないですけど、金持ちである安西は呼びつけてましたし」

「だろ。でも、その招待状ってこの手紙の中にあったんだよな」

「いえ、全然別物ですよ。封筒もしっかりしたものだったし、裏書もありましたよ。嫌がらせのやつは全部茶封筒ですしね。だから目立ってました」

「ほう」

 たしかに目の前に広がっているのはどれも茶封筒だ。それも薄っぺらい。おそらく百均で大量入りで売っているやつだ。さすがに切手代や他の詰め物で金が掛かるとあって、封筒に拘る気はなかったらしい。

「だからすぐに先生の机に置いておいたんですよ。別に怪しいものではなかったんです。ただ、接点のない人だから疑問に思ったってだけで」

「なるほどね。で、開けてみたら謎のパーティーの招待状だったと」

 そこで一気に怪しい嫌がらせの手紙の延長と考えられたわけだ。実際、それほど社交的ではない千春に、知らない相手から手紙が届くことはまずない。それも研究者以外となると、ないと言い切っていいほどだ。

「安西が怪しいんですけどね」

「しかし、そうなると、犯人である安西が呼びつけるはずがないだろ。今まで無視されたから業を煮やしてっていうのも、奇妙な話だ。この嫌がらせの山と繋がらないよ」

 ううんと、二人は同時に唸り声をあげることになる。時期が時期だけに、どうしても繋がりを疑ってしまう。が、安西本人が犯人という推理は成り立たないのだ。

「招待客の中にはいないのかな」

「どうでしょうね。それも無理じゃないですかね。皆さん、忙しそうな職業ですよ」

 翔馬は封筒の山に埋もれてしまった一覧表を探しながら、その可能性も薄いだろうと主張する。

「まあね。しかし一応、探っておくべきだろうよ」

 英士は一覧表を受け取ると、千春を除く全員の検索を掛けることにした。どういう奴なのか、まずは知る必要がある。

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