Work 3




 町から離れた橋の上で、ぼくは足を止めた。

 川がきらきら光りながら、海へと流れ込んでいく。

 これも三年ぶりに見る景色だ。放課後に寄り道しては、川が海になるのを飽きもせず眺めてたっけ。

 あの頃のぼくは、三年も引きこもる未来なんて、考えたこともなかったろうな。

 そんなことを思うと、外にいるのが無性に恐くなってくる。

 落ち着こう。今のぼくは部屋の中。外にいるのはテクロだ。

 そろそろ帰ろうと思った時、川面に奇妙な影が浮かんでいることに気が付いた。

 猫だ。浮かんだダンボール箱に乗ったまま、流れていく。

 あのまま流されたら、海まで行くんじゃないかな。

 そうでなくても、ダンボールなんていつ沈むかわからない。

 猫が鳴いてる。助けを呼ぶみたいに。

 思わず周囲を見回すけど、誰もいない。

 助けられるのはぼくだけだ。

 でもテクロで泳げる? 防水とか大丈夫?

 わからない。調べる時間もない。

 考えるより先に、テクロは橋の手すりを飛び越えていた。

 ドボン! 水は冷たく……ない。

 ダンボールに手を伸ばし、両手でつかむと、岸辺に向かってバタ足を開始する。

 大丈夫、泳げそうだ。

「こら、暴れるな。落ちるだろ」

 恐いのはわかるけど、もう少しだけ我慢してくれ。

 テクロのパワーはやっぱりすごい。ぼくの背よりも高い波柱を立てながら、どんどん進んでいく。

 この調子ならもうすぐ岸につくな、と思った時だった。

 突然、箱を持つ右手が水に落ちた。操作しても動かない。

 もしかして、防水じゃないのかも。

 あわてて左手で箱を支えるけど、進む勢いがありすぎてバランスが取れない。箱が揺れて猫が悲鳴をあげた。

 まずい。頭が沈む。水を飲……まない。

 そうだった。テクロが溺れるわけない。

 大きく息を吸って胸を落ち着かせた。

 バタ足を弱めて箱を支え直す。岸まであと少し。ゆっくりでも間に合うはずだ。

 河原がすぐそこまで来た時、今度は片足がおかしくなった。

 一瞬どきっとしたけど、落ちた足が底につく感触。足を引きずりながら川を渡り、どうにか河原に辿り着く。 

「おつかれさま。大丈夫?」

 知らない声が聞こえ、片手で持ってた箱を受け取ってくれる。

 うなりを上げた猫が、ものすごい勢いで飛び出したのはその時だった。河原を駆け抜け、あっという間に姿を消す。

「なーにあれー。恩返しくらいするもんじゃない?」

 あきれたような声で振り返ったのは、女の子だ。

 年はぼくと同じくらい。中学の制服を着てる。

「きっと、おびえてたんだよ」

「それにしたってねー」

 初対面のはずだけど、全然そんな感じじゃない。

「それより怪我してない? ふらふらしてるけど」 

「だ、大丈夫」

 やっと川から出たテクロだけど、実は大丈夫じゃない。手足は故障してるし、水を吸った服が重くてふらついてる。

「大丈夫じゃないでしょ」

 思わず伸ばした手を、女の子が握り、支えてくれる。

「……手、固いね」

「えっ」

 ドキッとした。テクロがロボットとバレるのはまずい。

「スポーツとかしてるの?」

「あ、そ、そう! 空手とか色々」  

「そうなんだ。それであんなに強いんだね」

「……見てたの?」

「見てたの」

 女の子がニパッと笑った。

「それで、けた」

「尾けた!?」

「そしたら、いきなり川に飛び込んで二度びっくり」

 びっくりはこっちだよ。

 この子、可愛いけど相当変わってる。

「泳ぐの苦手そうなのに、なんで?」

「……他に誰もいなかったから」 

「ああ、そっか」

「商店街の時も同じだよ」

「え?」

「誰も助けないから行ったんだ。あんなに人がいたのに」

「う……ごめん。わたしもいた」

「いや、責めるつもりはないけど」

「今度見かけたら、わたしも行く!」

「いや、それはやめといた方が」

「なんでよ」

「女の子は危ないよ」

「じゃあ、わたしがピンチになったら助けに来てくれる?

 王子様みたいに」

「王子さまってそうだっけ」

「いいじゃない!

 それともわたしがお姫さまじゃおかしい?」

「そ、それは、ないけど」

 きらきらした瞳で見つめられて、思わず口ごもる。

「じゃあ、い、い……行く」

「そっか!」

 女の子が笑った。さっき見た川面みたいに。

「ごめん。そろそろ帰らないと」

 もう少し話したいけど、テクロが心配だった。

 ここで動けなくなったら、大変なことになる。

「わたし、カホ。王子様のお名前は?」

「……タクロウ」

 さっきは言えなかった名前を、教えてしまった。

「タクロウくんかー。わたしたち、また会えるよね?」

「う、うん」

 スマホを持ってないぼくは、カホと連絡先を交換できなかったけど、放課後、またこの場所に来ると約束した。

 すごい。これがモテるって感じかな。

 モテてるのはテクロだけど、話してるのはぼくだもんね。

 だって、テストプレイには会話が必要なんだし。

 足を引きずりながらの帰り道、ぼくはそんなことばかり考えていた。



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