Work 2




 翌日、テクロを操縦して、外へ出た。

 海沿いの山に面する小さな町。

 その山の上にあるマンションがぼくの家だ。人が多い商店街まで長い長い坂道が続く。

 昨日練習した操作で、ぼくは慎重にテクロを歩かせていく。

 坂でコケたら大変だ。

 サトウさんが言ってた、テストプレイの注意事項を思い出す。


■バッテリーは三時間。切れるまでに戻ること。

■壊さないように使う。

■暴力をふるわない。

■できるだけ他人と接し、会話を試みる。

■その際、ロボットとバレないようにする。


 後になるほど難しい気がする。まずは壊さないように動かさなくちゃ。 

 でも、テクロは思った以上に優秀だった。

 ぼくの操作に機敏に反応するし、運動神経もすごい。坂道を一気に駆け下りても息切れ一つしない。当たり前だけど。

 外に出なくて、すっかり太ったぼくには絶対ムリだ。

 坂道が終わるころには、もう操縦は完璧だった。これなら人がいる場所に行っても大丈夫そうだ。

 商店街に出ると、懐かしい風景に胸が詰まった。

 よく知ってる場所だけど、三年の間にいろいろ変わってる。

 好きだったパン屋さんが別の店になっている。

 知らないマンションが増え、人も前より多くなった気がする。

 きょろきょろしてると、周囲の人から見られてる気がした。

 テクロは見た目中学生くらいだ。昼から町にいるのが目立つのかと思ったけど、子供も結構歩いてる。そういえば今日は半休日だ。すっかり曜日を忘れてる。

 中学生も見かけた。本当ならぼくも着てるはずの制服だ。買ったまま一度も着てない制服は、母さんがタンスにしまったまま、それっきりだ。

 テストプレイのために、誰かに声をかけようとしたけど、やっぱりこれが一番難しかった。

 もともとぼくは人と話すのが苦手だ。

 不良に狙われたのもそれが原因だと思う。きっかけがあっても話せるかどうか自信がないくらいだ。

 いやでも。今、ここにいるのはテクロだ。上手く話せなくても、何も恥ずかしくない。

 その時、ぼくは見知った顔を見つけた。

 ぼくをいじめていた不良たちだ。背が伸び、制服が高校のになってるけど、悪そうな顔は変わらない。

 それにあの頃のぼくみたいに弱そうな、眼鏡の子を囲んでいるのも。

 不良の一人が何か囁いて、その子の脚に蹴りを入れた。

 どうしよう、どうしよう。

 周りの人は誰も助けに行かない。

 ぼくの時と同じ見て見ぬふりだ。世界は何も変わってない。

 もしもあの時、誰かが助けてくれてたなら。

「やめなよ」

 テクロは表情や声をトレースする。

 ぼくの言葉を、テクロははっきりと口にした。

 不良が揃ってこっちを見た。ニヤニヤしながら近づいてくる。

「あん? 何か文句あんのか、おまえ」

 画面越しでもやっぱり恐い。鋭い眼光に動悸が早くなる。

 ケンカになるのか? それはまずい。

 テクロでケンカはできない。ぼくは痛くなくても規則で暴力禁止だし、壊されるのも駄目だ。

 テクロの足なら逃げきれそうだけど、眼鏡の子はまだ座り込んでる。ぼくだけ逃げても解決しない。

 そうだ。大きな音をたてて、驚かしたすきにあの子を連れて逃げよう。 

 ぼくはテクロを操作する。

 腕を振り上げ、傍にあった標識に全力で叩きつけた。

 テクロは見た目は人間だけど、触ると固い芯がある。それに触感はあるけど、痛みは感じない。

 鉄柱だって全力で殴れる。驚くような音が出るはずだ。

 ──確かに、みんな驚いた。

 叩いたところから、標識が折れ曲がったんだから。

 ぼくだって驚いた。テクロのパワーは人間離れしてた。そりゃ暴力禁止されるよ、こんなの。

 ぼく以上に驚いたのは、不良たちだ。ニヤついた顔が真っ青に変わり、周りの目が集中してるのに気が付くと慌てて逃げていった。もちろん眼鏡の子は置きざりにして。

 ぼくは大きく息をついた。テクロも息をついたけど、こっちは形だけだ。

 わっと声があがり、標識を直してるぼくの周りに大勢の人が集まった。

 口々に褒めてくれる。みんな、不良たちに腹を立ててたらしい。それなら誰か、助ければよかったのに。

 大人たちにちやほやされ、ぼくはちょっとしたヒーロー気分になった。女の子たちも遠巻きにこっちを気にしてる。

 そういえば、テクロはイケメンだった。

 そう思うと、盛り上がった気持ちが急に冷めた。

 よく考えたら、活躍したのはテクロだ。不良を追い払ったのも、ちやほやされてるのも、ぼくじゃない。

「あの……名前、教えてください」

 そう言ってきたのは、ぼくが助けた眼鏡の子だ。

「名を名乗るほどの者じゃないよ」

 いつかアニメで聞いたセリフを返すと、ぼくは逃げるように立ち去った。



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