誕生

8ヶ月経った頃に,母親がある日突然産気づいた。産気づいた時は,家には,ホタルしかいなかった。


「え?まだ早いでしょう!?」

ホタルは,驚いた。


母親は,頷いた。


「早く病院に行かなきゃ!お父さんを呼ぶね。」

ホタルが電話を手に取ると,母親に止められた。


「ダメ。病院には,行けない。」

母親がホタルから電話を取り上げ,言った。


「なんで!?ここで,産むつもり!?まだ2ヶ月ぐらい早いし,危ないよ!」

ホタルが母親を諭した。


「人間だとは,限らないから,病院では産めない。あなたも,この家で産んだし,大丈夫。」

母親が言った。


ホタルは,母親の言葉を聞いて,二の句が告げなかった。お腹にいる赤ちゃんは,英介の赤ちゃんではないと少しも悪びれずに,堂々と宣言しているのではないか?そして,予定日より2ヶ月も早いのに,産まれて来る赤ちゃんが人間ではないかもしれないのに,大丈夫だと高をくくっている。ホタルは、母親の正気を疑った。


「やっぱり,お父さんの子供ではないね?」

ホタルがようやく言った。


「バレていた?」

母親がまんざらでもない顔をして言った。


ホタルは呆れた顔で,「助けを呼んでくる。」と述べてから,慌てて家を飛び出して行った。

そして,そのままヒカルの家へ向かってまっしぐらに駆け出して行った。


「ヒカル!お母さんは?」

ヒカルが玄関を開けると,ホタルは真っ青な顔で息を切らして,尋ねた。ヒカルが呼び出すまでもなく,ヒカルの母親が彼の後ろに現れた。


「どうした!?」

二人とも,ホタルの異常な様子に驚き,言った。


「…赤ちゃんが産まれる!」

ホタルが息を整えようと努めながら,説明にならない一言を言った。


「…誰に?」

ヒカルの母親が訊いた。


「…母…そして,多分人間じゃない…まだ,2ヶ月早いの…。」

ホタルが断片的に事情を説明して行った。


「また兄の子だってこと?」

ヒカルの母親が鋭くホタルがやって来た理由を的中して,尋ねた。


ホタルは,小さく頷いた。


「私は…助産師ではないけど…。」

ヒカルの母親が言いかけては,ホタルの必死な表情に心を打たれて,黙り込んだ。


「…でも…今すぐ,行くね。」

ヒカルとヒカルの母親が急いでホタルの後を追った。


「誰,この人たち!?」

母親がヒカルとヒカルの母親を見ると,気に喰わない顔をして,訊いた。


「…私は,アキラの妹です。」

ホタルが答えられないでいるのを見て,ヒカルの母親が代わりに答えた。ホタルは,父親の名前がアキラだというのをこの時に初めて知った。


母親は,責めるような目でホタルを睨んだが,陣痛が始まって話せなくなっていたから,ホタルは,大目玉を食わなくて済んだ。


1時間後に,赤ちゃんが顔を見せてくれた。人間ではなく,アザラシの赤ちゃんだった。雌のようだった。赤ちゃんが産まれ,陣痛が収まり,母親が楽になると,赤ちゃんを忌々しく見て,泣き出した。


「本当に早かったから,助かるかどうかわからない…とりあえず,私の村へ連れて行ってみるわ。幼い子供のいる人が何人かいるから,助かりそうなら,母乳をあげてもらえるし…。」

ヒカルの母親が赤ちゃんを抱き上げて,言った。


「…もう,会えないの?」

ホタルが恐る恐る尋ねた。


「…そうだね。もう会えないと思ってもらった方がいい。」

ヒカルの母親が申し訳なく言った。


「なんで,アザラシなんか産まれるんだ!?」

ホタルの母親は,怒りが込み上げて来て,訊いた。


「セルキーは、5歳までこの姿です。どうして,セルキーの子供が産まれるかは,私がわざわざ教えなくても,もう充分お分かりでしょう…。」

ヒカルの母親が冷たく言ってから,ホタルの家を出て行った。


「皮はなくても,帰れるんだ…。」

ヒカルが小さな声でつぶやいた。


「…英介に一体,何を言えばいいんだろう!?」

ホタルの母親がまた泣き出した。


「それは,本当のことを言うしかないね…初めてじゃないし,そこまでびっくりしないでしょう。」

ホタルが軽蔑を込めた口調で言った。


ホタルの母親は,ただ首を横に振り,泣き続けた。


泣き喚くホタルの母親を前にして,ホタルとヒカルは,居た堪れない気持ちになり,外へ出て,そっとしてあげることにした。


「…もう,会えないと思ってもらった方がいいって…私の妹だよ!一応!」

ホタルは,胸の底から悔しさと寂しさの入り混じった気持ちが込み上げて来て,抑えられなくなり,口から漏れ出た。

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