名案
ホタルは,ヒカルに,母親の妊娠のことを話すかどうか迷ったが,純粋なヒカルがホタルの親のひどい話を聞いたら,傷つくかもしれないと思い,話さないことに決めた。
ヒカルがホタルと一緒にいる時に,ある日,ヒカルのお母さんが突然現れた。ホタルがいる時に,姿を見せてくれるのは,初めてだった。
「え?ホタルもいるけど,いいの?」
ヒカルは,母親の通常と違う振る舞いに戸惑った。
「兄の許しを得たから,いいよ。」
母親が明るい顔で言った。
「いいって!」
ヒカルが離れたところから二人の様子を伺うホタルに,来るように合図をした。
ホタルは,あまり気が乗らない調子で,ゆっくりと,ヒカルが母親と並んで立つ波打ち際へ移動した。ヒカルのお母さんは,父親の妹だから,母親の妊娠のことを知っているのかもしれない。そう思うと,会いたくないと思った。
しかし,ヒカルの母親は,ホタルの親の話題を一切口に出さなかった。
「初めまして。ヒカルがいつもお世話になっています。」
ヒカルの母親が気持ちの良い笑みを浮かべて,ホタルに軽く会釈をした。
「初めまして。」
ホタルは,必要最低限の挨拶を返した。
ホタルの表情に影があるのは,ヒカルの母親は,見逃さなかった。
「…ヒカル,私は色々考えてみたけど,人間を私の村に連れて行くのは禁じられているし,交渉しても無理だった。私が人間になるのも,無理だ…なら,一緒に暮らしたければ,道は一つしかない。」
母親がその日,突然姿を見せた理由を話し出した。
「何?」
ヒカルが訊いた。
「これを…あなたに託す。どこか,人が絶対見つからないようなところに隠しといて…そうすれば,あなたと一緒に帰れる。」
母親がそう言うと,自分がいつも大事そうに片手で握っている皮をヒカルに渡した。
ヒカルは,すぐに受け取らずに,躊躇った。
「でも…それだと…お母さんの意思じゃないから…。」
「今,私がお願いをしているから,私の意思だよ。盗られたのではなく,渡しているから,大丈夫。」
母親がそう言って,ヒカルが皮を受け取ってくれるのを待った。
ヒカルは,恐る恐る母親の手から,母親の運命を操るという大事な皮を受け取った。これを見つからないところに隠すというのは,責任重大すぎて,怯みそうになった。
「ありがとう。」
母親は,ヒカルの手に皮が渡ったのを目で確かめて,言った。
「あなたも,よろしくね。」
ヒカルの母親がホタルにも,会釈をし,挨拶した。
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