懐妊の真相

ホタルは,家で,肩身が狭い思いをすることが多くなって行った。英介が嬉しそうに母親のお腹を撫で,母親が幸せそうな顔をするのを見ると,自分の時は,この幸せな時間はなかったに違いないと思い,居た堪れなくなる。


とはいえ,赤ちゃんが生まれるのは嬉しくない訳ではない。ホタルは,一人っ子としてこれまで散々寂しい思いをして来たものだから,年が離れていても,兄弟が出来るのは喜ばしかった。


ただ,自分の子供が出来ると,ただでさえ溝が深い英介との関係には,さらにヒビが入るような気がしてならなかった。そして,母親とも,距離ができるのではないかという不安もあった。英介と母親が幸せになって行って,自分だけが便乗できずに,取り残されてしまいそうで,これまで以上に心細くて,寂しい心境になった。


親と一緒にいると辛くなるからホタルは,しょっちゅう海辺を散歩するようになった。繰り返し岸に打ち寄せる波を見ていると,自分の悩みはちっぽけなものに見えて,少し楽になるからである。


ある時,特に当てもなく,散歩をしていると,呼び出してもいないのに,父親が突然ホタルの前に現れた。


父親が自ら自分に関わろうとするのは,生まれて初めてのことであるだけに,ホタルは,驚いた。父親の顔を見ても,最初言葉は出なかった。


「元気だった?」

父親が以前無理矢理呼び出した時になかった暖かい表情で挨拶をした。


ホタルは,棒立ちしたまま,何も言えずに,ただ頷いた。頷くだけでやっとだった。


「そうか。よかったなあ。」

父親が言った。


二人とも、次の言葉が出なくて,しばらく気まずい沈黙は続いた。


「…いい子だね。いい子に育ってくれてありがとう。」

父親がようやく口を開けたと思いきや、訳の分からない言葉を発した。


「ん?」

ホタルが首を傾げても,父親はそれ以上,何も言おうとはしなかった。しかし,父親の腹部の傷痕がホタルの目に留まった。


「お母さんも,元気にしている?」

父親がぎこちなく話題を変えようとした。


「うーん,赤ちゃんが出来たようで…喜んでいる。」

ホタルが言いにくそうに言った。


「それなら,知っているけど…。」

父親が照れ臭く言った。


「え!?なんで,知っている!?」

ホタルが鋭く食らいついた。


「…今も…時々,呼び出されるんだ…お母さんに。」

父親が何度も言い淀みながら言った。


「…何のために?」

ホタルは,追求した。


父親は,黙り込み,何も答えなかった。


「じゃ…今お母さんのお腹にいる赤ちゃんは?誰の?」

ホタルは,父親が答えにくそうにしていても,後へ引かなかった。


「…僕のだよ。」

長くて,気まずい沈黙の後に父親がようやく言った。


ホタルは,信じられなかった。母親が英介を裏切ったのは,もう過去のことだと思い込んでいた。まさか,今でも続いているとは,夢にも思わなかった。ただでさえ,別の男と不倫関係を結び,赤ちゃんを作って酷いことをしているというのに,おまけに,今度授かった赤ちゃんが英介の子供だと英介を騙そうとしている。あまりにも酷い話だ。ホタルは,お腹の底から母親に対して憤りが湧き上がって来るのを感じた。しかし,怒りの矛先を母親ばかりに向けるのは,間違っていることにふと気がついた。妊娠するには,必ず相手の協力が必要だ。そして,母親の場合,その相手と呼ぶべき人は,今ホタルの目の前に立っている。


「なんで,人妻を妊娠させたんだよ,2回も!?お父さんのバカ!」

ホタルが真っ赤な顔で怒鳴った。


「だから,呼び出されたら行くしかないよ,僕には。」

父親が面倒くさそうに弁解した。


「その場に行かないといけないかもしれないけど,妊娠させなくてもいいじゃん!」

ホタルは,責め続けた。


「皮を盗られれば,求められたことをしないといけない…僕には,どうしょうもないことだ。人間のあなたには理解できないだろうけど,性欲を抑えればいいとか,そういう話じゃない。そもそも,性欲は関係ない。

僕だって,お母さんとは,関係が持ちたいと思っている訳じゃない。僕が関係を持つなら,同じセルキーの相手がいい。でも,女に呼び出されると,行かないといけないし,皮を盗られ指図されると,従わないといけない。僕の意思じゃない。」

父親が悪びれる様子もなく,仕方のない事柄として淡々と説明した。


ホタルは,父親の話を信じるべきなのか,母親を信じるべきなのか、よくわからなかった。父親が話す魔法の証拠は,どこにもないし,英介の子供ではないという決定的な証拠もない。ただ,母親が過去に英介を裏切ったという証拠なら,確実にある。自分の存在そのものが過去の二人の罪を証言している…どうやら,父親の話は本当らしい。


「なんでも魔法のせいにするのはどうかと思うけど…わかったよ。」

ホタルは,父親と別れて,やり場のない怒りを胸に抱えたまま,渋々帰り道に着いた。

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