師弟の出会い

ホタルが考え事をしながら、浜辺を散歩していると、小さな男の子が砂の上に座り込み、海をぼんやりと見つめているのが目に入った。


母親に,父親に会ったことを報告したら、怒られ,大喧嘩をしてしまったのだった。いつも,昔の夢を思い出すような顔で父親の話を懐かしそうにする母親は,父親を恨んでいるようには,ホタルには見えなかったが,どうやら,わだかまりがあるようだ。


ホタルは,いつまでもボーッとしている男の子の様子が気になり,声をかけてみた。

「大丈夫?」


すると,男の子がふと我に返ったようで,振り向いて,ホタルと目を合わせた。

「大丈夫…あなたは誰?」


「ホタルというよ。僕の名前は?」


「ヒカル。」


「…誰かを待っているの?」

ホタルは,男の子の様子が何かを待っているように見えたので,尋ねてみた。


男の子は,何も言わずに,寂しそうに,小さく頷いた。


「誰を待っているの?」

ホタルが訊いた。


「お母さん。」

ヒカルが小さな声で答えた。


男の子の様子を見て,ホタルはふと,自分と同じような子供なのかもしれないと思った。こんなに海に近い町なら,自分と同じような,セルキーと人間の子供が他にいても,おかしくない。

「お母さんは…海に住んでいるの?」


男の子がまた小さく頷いた。


「私のお父さんも,海に住んでいるみたい…この間,初めて会ったけど。」

ホタルがさり気なく言ってみた。


「え?そうなの!?」

ヒカルが一瞬驚いてから,嬉しそうに笑った。


ホタルは,頷いてから,ヒカルの隣に座った。しかし,いつまで待っても、誰も来なかった。


「今日,お母さんは,忙しいんじゃない?一緒に帰ろう。」

ホタルが男の子をこのまま放っとくのが可哀想な気がして,気が進まなかった。


ホタルが誘うと,ヒカルも,小さくため息をついて,頷いた。


ホタルと一緒に歩いて帰りながら,ヒカルは,さっきの物静かな様子が嘘に思えるくらい,すごい勢いで,お母さんのことや海のことなど,あれこれと喋り続けた。


「でね,アザラシの華と言ってね,お母さんは,渦が作れるの!」

ヒカルが興奮で息を弾ませながら,言った。


「アザラシの華!?何,それ!?」

ホタルは,思わず吹き出した。この子は,自分と歳が離れているが,可愛らしくて,面白いと思った。


「その人の秘めた力だって。セルキーは,みんなあるって!人間にも,あるみたい!僕にも,きっと,何か力があるとお母さんが言ったもん!」

ヒカルは,興奮がまだ収まらずに喋り続けた。


いよいよヒカルの家の前まで来かかった。


「ここだよ!」

ヒカルがホタルに教えた。


「ここか…じゃ,またね。」

ホタルが笑顔で手を振って,ヒカルと別れた。


ホタルは,ヒカルと別れて,すぐに浜辺へ戻った。ヒカルの話を聞いて,父親を呼び出し,アザラシの華について訊いてみたいと思ったからだ。ホタルは,父親を呼び出すためにまた嘘泣きを始め,涙を海に落とした。


少しすると,父親が「またか…。」という顔をして,現れた。

「…どうした?また呼んだ?」


「お父さんのアザラシの華は,何?何かあるの?」

ホタルが単刀直入に訊いた。


「…なんで,そのことを…?」

ホタルが知っているはずがないと思い込んでいたことをいきなり口に出すから,父親が驚いた。


「もう一人のセルキーの親がいる子とたまたま出会って,話を聞いたの。」

ホタルが説明した。


「僕は…自慢にはならないし,どうでもいいけど…イルカみたいに高くジャンプできる。」

父親が言った。


「見せてくれる!?」

ホタルが目を輝かせて訊いた。


「いや,見せられない。」

父親はきっぱりと断った。


「なんで?あの子は,見せてもらったよ。」

ホタルが反論した。


「人間にアザラシの姿を見せてはいけないから…じゃ,そろそろ行くよ。」

父親が逃げるように,姿を消した。


ホタルは,大きなため息をついた。本当の父親に2回会ってみて,話しても,距離は少しも縮まっていないと内心で,声にならない声をあげ,密かに嘆いた。


しかし,ヒカルのことを思い出すと,笑顔になった。また,あの子に会いたいと思った。兄弟のいないホタルには,弟が出来たような気がして,嬉しかった。

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