想いの走る瞬間

道楽もん

第1話


 重さを感じないほどに軽いスニーカーの足音が、路肩に溶け残った雪から伸びる水溜まりを跳ね上げる。


「……待ってくれッ……カナッ」


 西日の逆光により、駅から走り出した黒い電車はカナを乗せて、グングンスピードを増してゆく。

 並行して駆け出したショウマは離されまいと、奥歯をガチリと鳴らして腕を振る。


「さっき聞かれた答えが、やっと……分かったんだッ」


 離れゆく車窓に両手を付くマスク姿の彼女。泣き腫らした様な真っ赤な目からは、大粒の涙があふれ続けている。


「伝えたいからッ……今、すぐにッ」


 ショウマは沿線を走る舗装路を、美しいフォームで駆け抜ける。しかし、徐々にそのアゴは上がってゆき、苦しそうにあえぎ始めていた。


「……待って……もう少し……」


 二両編成の電車の端からも置いていかれたショウマは、目一杯に腕を伸ばす。奪われたものを追い求めるかの様に空をつかむ。


 どんなに伸ばしても届かないと思われたその腕が、唐突に影に飲まれる。西日を遮るのは先ほどまで隣を走っていた、二両の電車。


「カナッ……カナァッ……」


 電車は徐々にスピードを落として、暗い影をショウマへと差し伸べる。息も絶え絶えの彼がたどり着いたのは無人の駅。


 胸元までの高さがあるホームにかじり付き、荒い息を整える。


「……カナッ……追いついた……」


「この馬鹿ショウマッ」


 パカんと頭を殴られる。見上げるとそこには、マスク姿の女子高生。


「いい加減、アタシを追いかけて電車と競争するのやめてよねッ。乗客の視線が恥ずいからッ」


「……だって俺……カナに言いたい事が……」


「明日も学校で会うんだから、その時で良いでしょうがッ」


 ズビッと鼻をすすりながら涙目で見下ろすカナは、う〜んとアゴに手を当て考え込む。


「……学校では、まずいか……この馬鹿は人前で恥ずかしい事も平気で言うし」


「……さっきカナに言われたこと……俺、ようやく分かったんだ。だから一刻も早く伝えたくて……」


「……何よ」


「俺……走るのが好きだ。花粉症が酷いカナが、一駅だけ電車通学に切り替えてからは、カナを追いかけて走るのが楽しくてしょうがないんだ」


 ショウマの見上げた目は、キラキラと輝いていた。その目を見たカナは、苦い物を噛んだ様に口を引き結びながらそっぽを向く。


「……あ、そ……」


「この練習を始めてから、どんどん記録が伸びてるんだ。カナのおかげだよ」


「……そりゃあ、良かったね」


 カナはそのまま駅の出口へとつま先を向ける。その背中に向けて、ショウマはとびっきりの笑顔で想いを放り投げる。


「カナと大学は別々だけど、俺、カナのこと忘れないからッ。走りで有名になったら、その時は……カナを迎えに行くッ」


 力強い言葉に、彼女の足が止まる。

 振り向くとそこには、拳を突き出し真っ直ぐ見つめてくるショウマの姿。


 迷いの微塵もない、キラキラと輝く眼差し。


「……じゃあ、また明日ッ」


 ひとつ言葉をその場に残し、彼は駆け出して行った。その背に微笑みを送りながら、ポツリとひとつ。


「……あの、バカ」


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