危機に走る

とざきとおる

危機に走る


どうする。


悪魔は囁いた、もう諦めろと。もはやお前に未来はないのだから、いっそのこと楽になってしまえと。


どうしてこんな苦しい思いをしなければいけない。お前はもっと自由であるべきだと。


それでも俺は、諦めるわけにはいかなかった。


何故なら俺にはいかなければいけない場所があるからだ。既に体は限界を迎え、酸素が足りないからいったん止まれと訴えている。


苦しい。それは変えようのない事実だ。


しかし止まるわけにはいかないのだ。この先で死にそうな顔になっている醜態をさらしたとしても、何もかもを失うよりはいい。


「クソ……はぁ、はぁー、ぁぁぁぁああああああ!」


ふと思い浮かぶのは、過去のこと。


そう、これは俺のせいでもある。いわゆる自業自得というヤツだ。あの時の俺がもっと賢明な選択をしていたのなら、このような地獄を見ないで済んだ。


「ぁはぁ。はぁ。はぁ! はぁぁあ!」


俺はいつもこうだ。どうしてこんなことになってしまうのか。大事なものを失うかもしれない瀬戸際に立たされてしまう。


本当はこんなことなんて望んでいない。本当はこんな情けない自分でいたくない。


本当に嫌になる。いっそのことここでクズになってしまおうかと、何度思ったか分からない。


それでも欠片でも良心が残っているから地獄を走り抜けているのだ。


人の往来が激しくなってきた。彼らには何の罪も悪気もないだろうが、心の中では叫んでいる。


「俺は急いでいるんだ。お前らは……邪魔だ!」


人々の間を巧みにすり抜け、実際多少押してしまったら、

「ごめんなさい!」

と謝って、駆けていく。


「は? てめぇ、何しやがる! おい待てクソガキ! ふざけんな」


ヤバイ。最悪だ。


「止まれてめえ! ぶん殴ってやるよ! お前、俺にぶつかって土下座もしねえとはなめやがって!」


いやいやいやいや、ぶつかっただけで土下座とかどんだけ傲慢なんだよ。


しかしあの手のチンピラもどきは結構いる。昔は多少ぶつかるくらい当然で、謝ればいいという寛容な人が多かったのに、最近はストレスを抱えている人が多いのか、それをぶつけようという馬鹿が一定数いるのは事実だ。


だが無視! 俺に殴られても何のメリットもないからね。


それに今止まったらもう俺は動けなくなってしまう。そしたら最後の望みが絶たれるのだ。


ただ1つ、この危機を脱するためには、俺は止まってはいけない。止まってはいけないんだ。


足が痛い。呼吸ももう限界を超えて行っている。きっと行き着いた先で俺はぐったりと倒れこみ、顔を真っ赤にして恥をさらして、倒れることになるだろう。


それでも、俺は走るのだ。大切なもののために。






「尾崎ー。お前酷い顔だなぁ」


「ずんまぜん」


「あと20分家を早く出ればこんな醜態をさらすことはないんだがな?」


「ずんません」


「まあ、お前はいつも間に合うからうるさいことは言わないけど。もっと時間に余裕をもって行動しろよ? 周りから笑われてるの気づいているか?」


気づいてます。


遅刻はしないけど、結構な頻度で始業ギリギリに入ってくる馬鹿野郎。


それが俺です。そうなんです。


はぁ、子供の頃はこんな奴になるとは思わなかったんだけどなぁ。もっと格好いい大人になっていると思ったんだけどなぁ


ぐすん。




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