15.隠さなければ


 私の隣でスージーがクリームを手に塗りこむ姿を見つめる。

 また私にふれてくれるだろうか? それとも、ただの冗談だったのに私が無理強いした? 私から頼んでも? そんなおかしいことを?

 スージーが自分の唇にクリームを塗って蓋を閉めた。

 ……昨日だけ? 期待が打ち砕かれた動揺で、勢いよく息を吸ってしまい喉が鳴った。その音でこちらを見たスージーが首をかしげる。


「なに?」

「あ、あ、あ、あの」

「うん?」


 続きを促すように私を見ている。なんて言えば? なんて言えばいい?


「き、き、き、き、昨日」

「うん」

「……昨日、塗って、……く、く、くれた」

「うん」

「き、き、き、今日、は?」

「今日は?」

「ぬ、ぬ、……ぬって、くれな、……い?」

「クリームを塗ってほしいの?」

「あ、あ、ああ」

「……唇に? 手に? それとも両方?」

「両方」


 耳から入って来た、スージーの言葉が消えないうちに飛びついた。

 両方。本当に? 手も、唇も? 触れてくれる? スージー。

 見つめると、顔を隠すように背けたスージーの耳が赤い。

 照れている? なぜ? 友人同士でするようなことじゃないから。私とスージーは恋人でもない。なんなのだろう。雇い主とメイド? ……嫌な言葉だ。それに、違う。私は書生だと思われているのだから。では、なんだろう?


 スージーとレオ。それでいい。わからないものは、わからなくていい。


 スージーが無造作に私の手を掴み、クリームを乗せて溶かす。目の前には俯いたスージーの、ひっつめに結われた髪が見える。光が当たる部分は赤銅色に染まっていた。

 私の手にクリームを丁寧に塗るスージーを見つめる。優しい手が心地よくて、夢のようだ。クリームでしっとりした肌が吸いつき合うと、求められているような錯覚に陥ってしまう。震える胸の内を悟られないように、静かに息を吐いた。

私の手を握り、手の平と甲に塗りこめ、指の間も交差させて余すところなく、スージーが触れる。そして私を軽く見上げて腕を上げ、唇に指を乗せた。頬に添えられる片手に胸がざわめく。唇の上をゆっくりなぞる指を食べたくてたまらない。口が開きそうになるたび、必死でこらえた。

 体が熱い。頭の天辺まで鳥肌が立ち、背中がゾクゾク震える。下腹が疼いてしまい、焦って他のことを考えようとしても、唇に与えられる甘い刺激に捕らえられ意識を逸らすことができない。せめて、硬くなったことが見つからないよう、少し腰を引き、もう少し屈んだ。


 クリームを塗り終わった指が離れて寂しい気持ちと、見つからなくてホッとする気持ちがないまぜだ。

 こんなこと知られたら軽蔑されてしまう?

 二度と近付けない想像をしてゾッとした。我慢する。我慢するから。


「レオ? 終わったわよ」

「あ、ああ、あ、ありがとう」


 いつまでも屈んでいる私をおかしく思ったのか、声を掛けられた。

 大丈夫、気付かれていない。

 変に思われないように机に向き直り、腰を隠した。掃除を終えたスージーを見送り、これからのことを思案する。スージーに触れられるたびに硬くしていたら、そのうち見つかってしまいそうだ。こんなこと知られたら、きっともう触れてはくれないだろう。どうしたらいい? ……思いつかない。


 頭を振ってみても、私を見上げた茶色の目の残像は消えず、唇に残る感触が、吸い付いた肌の記憶が、余計に胸を疼かせた。



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