10.イザベルとエーリッヒ


 店に着くと、エーリッヒが女性に人気のハンドクリームを出してくれるよう、店員に頼んだ。エーリッヒの物慣れた様子に気圧されて感心していたら、あとは自分で選べと言い離れていった。

 店員が中身の説明をしてくれるが、よく分らない。


「い、い、い、一番、荒れを治すものを」

「それでしたら、こちらですね。少し硬めですので、体温で温めてから伸ばしてください。お試しになりますか?」

「い、い、い、いや」

「では、わたくしの手で失礼します。小指の先くらいの量を手に乗せ、このように両手で温めていただきますとよく伸びますので。バラとラベンダーの香りがございますけど、どちらになさいますか?」

「……ラ、ラ、ラベンダー」

「かしこまりました。贈り物は1組でよろしいでしょうか?」

「ふ、ふふ、ふ、2組」


 冷や汗を流しながら、なんとか買い物ができた。

 スージーには爽やかなラベンダーが似合うと思う。気に入ってくれるだろうか。リボンで飾られた可愛らしい贈り物を受け取り、片方は急いでポケットにしまった。エーリッヒを探すと丁度買い物が終わったようで、こちらに戻って来た。

 私が手に持っている包みを見て、可笑しそうに笑う。


「初めて贈る女が妹だもんなぁ、ハハハ。でも、少しはましになって良かった」

「あ、ああ。ありがとう」

「いいって、いいって。俺のことも応援してくれよ」

「なにを?」

「俺がイザベルと結婚するときは味方してくれよな」


 初めて聞くエーリッヒの言葉に面食らう。笑いながら馬車に乗り込んだエーリッヒに、イザベルは知っているのか聞いた。


「俺、来年で30になるし、やっと許可なしで結婚できるからな。成人したら攫ってでも結婚するって言ってあるさ。あいつ、領の借金で爺さん伯爵に嫁いだだろ? そうなる前に結婚の約束してたんだ」


 2人はそんな関係だったのか。


 あのときも大不作で、領内に食料を流通させるために父が伯爵から援助を受けた。条件は妹を第3夫人に迎えることだったから断ろうとしたが、他からの融資は望めず、妹が自ら父を説得して結婚した。

 お陰で餓死者は最低限で済んだものの、何もできない自分に歯噛みしたんだ。嫁いでから1年ほどで伯爵は他界し、妹は戻って来たがエーリッヒのことは聞いたことがなかった。


「うちの親父がなぁ、もっと金持ってる相手と結婚しろってうるさくて。イザベルの後見人でもあるだろ? 無許可で結婚しても裁判起こされたら負けて無効になるからな、成人まで待ってんだよ」

「お、応援する」

「頼むわ」


 歯を見せて笑い、私を玄関の前で降ろして、そのまま帰っていった。


 自分の部屋に戻り、引き出しにスージーへの贈り物をしまう。机の上にイザベルの分を置いて眺めた。

 私は何も知らないな。自分のことだけで精一杯で、周りのことは何一つ分かっていない。贈り物だって、口実に過ぎなかった。今から感謝の気持ちを込めて大丈夫だろうか。


 夕食の呼び出しが来たので食堂へ降りる。私のすぐあとにやって来たイザベルへ贈り物を差し出すと、不思議そうな顔で私に触れないように受け取った。


「い、い、い、いつもありがとう」

「……いいのに。でも、ありがとう。ふふ、兄さんが選んでくれたの?」

「ああ」


 イザベルは驚いてから嬉しそうに笑った。

 ずいぶんと大きくなったな。


「なに? 凝視して」

「お、お、大きくなったな」

「ふっ、ふふふ。何よ、それ。年を取ったのよ」


 2人で笑いながら、席について食事をする。こんなに和やかな食事は久しぶりだ。


「エ、エ、エーリッヒと、結婚すると」

「まあ、そんな話をしたの? ふふっ、応援してくれる?」

「する。と、とう、当然だ」

「ありがとう。叔父さんは反対してるけど、男爵領のことを考えてなのよ。財政厳しいでしょ? だから外からの財産を入れようとしてるの。私に伯爵の財産分与があったら良かったんだけどね、全然もらえなかったから」

「ああ」

「まさか、跡継ぎが借金まみれなんてねぇ。亡くなったあとでわかったから、いいようなものの、知ってたら死んでも死にきれないわ。お金にうるさい人の子供って、なぜかお金で失敗するわよね」


 嫁いだ先の伯爵が亡くなってから、財産がほとんど差し押さえられていると分かって、申し訳なさそうに実家に戻って来た。

 家のために嫁いだのだから気にしなくてもいいのに。相手のことを思いやれる優しい妹に、助けられてばかりだな。


 妹とエーリッヒの結婚を応援しようと決意し、スージーに贈り物を渡せる喜びに胸をときめかせながら眠りについた。



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