9.いい考え
手に触れたのはわざとじゃなかった。でも続けて触れたらわざとだと思われる。しかし、触れたいのは事実だ。どうしたらいいのだろう?
何日か思い悩んでも解決策を思いつかない。が、触れなければ大丈夫だろうと考えて、今日も紙を床に置いておいた。
スージーがいつものように落ちてると言って持って来てくれた。手渡してもらえると、何の疑いも持たず手を伸ばそうとした矢先、机の上に紙を置かれて愕然とする。
……触れたから? 嫌だった? 私が触れては駄目だった? わざと紙を落としていることを気付かれてしまった?
グルグルと空転する頭で混乱していると、虚しく浮いたままの私の手を見たスージーが慌てだした。
「あ、ごめんなさい。手に気付かなくて。あの、レオが嫌ってわけじゃないのよ? 私の手って荒れてるでしょ? だからほら、見られるのが急に恥ずかしくなっちゃって。気にしないでね。ちゃんと拾って机に置くから」
焦ってまくしたてたあとは掃除に戻り、いつものように帰っていった。私は何も言えず、突っ立ったまま。
急に恥ずかしく? 私がしつこいから? もう、近付けない?
――――嫌だ。待って。
なにか、なにか方法を考えろ。なにか。
スージーはなんと言った?
見られるのが恥ずかしい、手が荒れているから。
荒れていなければいい?
私のハンドクリームをスージーに使えば手荒れが治るのでは?
……私がスージーに贈り物を? 変に思われないだろうか。でも、手荒れを気にしているのだから喜んでくれるかもしれない。
贈り物を渡したときの驚いている顔を想像する。包みを開けたときの喜んだ顔も。そして、私に微笑んでくれる?
想像に胸が甘く痺れた。
どこで買う? 店など知らない。女性用だから妹に聞く? なんと言えば? それとも、エーリッヒに? エーリッヒにだってなんて言っていいのかわからない。
……妹に、妹に日頃のお礼をしたいから、とか。……これは良い考えかもしれない。
スージーを遠くから眺め、疼く胸を抱えながら、家業の打ち合わせで定期的に訪れるエーリッヒを待った。
ブラント男爵領は冷涼な気候のため、天候不順の影響を受けやすい。そのため、育ちがいい作物の研究をかねて、種苗を扱う家業を細々と続けている。叔父とその息子、いとこのエーリッヒが売り込みを、私は品種改良や生育環境の研究をしている。
近年は民間の香水業者と提携したおかげで、収益が増えてきた。
エーリッヒがやってきて、受注状況や問い合わせ内容などを報告し、当面の方針を決めて会議が終わる。その後、いつもはエーリッヒと妹の3人でお茶をするのだが、2人で話をしたいと言って私の部屋に来てもらった。
「なんだよ、話って」
「お、お、お、贈り物をしたくて」
「……お前が? 誰に?」
「……い、い、イ、イザベルに、ハンドクリームを贈ろうと」
「なんだ、イザベルにか。って、お前、贈り物なんてしたことねーだろ。どうしたんだ、急に? まあいいか、良い傾向だしな。んで、俺にオススメを聞きたいってことか」
「あ、ああ」
「あーそうだな、今から一緒に買いに行くか?」
「い、いいのか?」
「いいぜ。俺もイザベルに何か買うことにする」
2人で出掛けるとイザベルに伝え、馬車に乗り込んだ。
誰かへ贈り物を買うなんて初めてのことだ。家同士の付き合いで贈り物をする場合、以前は叔父が、今はエーリッヒか妹が手配しているし、個人的になんて考えたこともない。
街が近づくにつれ、的外れなことをしている気分が膨らむが、スージーの喜ぶ顔を思い浮かべて不安を打ち消した。
どうか、本当に喜んでもらえますように。
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