5.関係はないけれど


 なにかスージーのことを。あなたのことを知りたい。


「と、と、年は?」

「私は25よ。あ、弟のほう? 18、15、11で3人。離れてるでしょ? うちの両親は駆け落ちしてね、生きて行くのに大変で私を産んだあとはしばらく子供できなかったみたい。父さんがお坊ちゃんで母さんが庭師の娘だったんだって。ちょっとしたロマンスでしょ? 今頃はあの世で2人仲良くしてると思うわ。両親が上手くいったのは奇跡よね」

「きせき?」

「そうよ。身分違いで結婚して上手くいった話なんて聞いたことないわよ。私の知ってる話は全部失敗談だもの。お手当もらうための愛人以外はね。私みたいな下町の人間と裕福な階級って礼儀作法も何から何まで違うから。それこそ駆け落ちして真っ新にスタートするくらいじゃないと。まずもって2年かな」

「スーは? そ、そそ、そんな、に違う?」

「あー、私はね、最初にメイドで働いたお屋敷の奥様が昔かたぎで礼儀作法をみっちり仕込まれたの。テーブルマナーでしょ、挨拶でしょ、立ち居振る舞い、その他色々。お客様のお手伝いやら手助けができるようにって。泣きながら覚えたわよ。まーだからこそ今ここで働けるわけだけど、ありがたいけど辛かったわ、ホント。良いトコの奥様はあれよりもっと色々覚えなきゃいけないし、大変じゃない? 大人になってから覚えるなんてムリよ~ムリムリ」


 私は違うと突き放されたように感じて胸がじわりと痛んだ。身分は違うが私の母だって平民だったのに。

 これは結婚相手としての話だから私のことを言ってるわけではない。私とスージーはそんな関係ではないから。わかっているのに胸の痛みは治らない。話せると浮かれた自分も馬鹿に思える。

 なんでもいい、なにか2人に共通するものを見つけたかった。


「……そんなに?」

「え、なに、前にそんなことあったの?」

「ない」

「よかった。傷をほじくり返したかと思ったわ。ほら、良いトコの人をダメだって言ってるんじゃないわよ。結婚は階級が違うと上手くいかないってことよ。遊びならいいけどね。それくらいなら楽しくやってるわよ。まあ、下町の連中ってそんな感じだしね」

「スーは?」


 スージーは? スージーは、……?

 私は何を聞きたいのだろう? 結婚は上手くいかないけど、遊びなら楽しい。スージーは恋人が?

 ……そんなこと私には関係ないのに私は何が気になっているのだろう。


「私なんて遊んでる暇ないわよ。ずっと働き詰めだもん。家のこともしてるし。ここの仕事決まる前は食事もろくにできなかったのよ。大体、お金持ってて遊びたい連中なんてもっと可愛い子誘うんだから」

「そう」


 なぜかホッとした。

 でも食事もろくにできないのは気になる。ここ何年か、また不作が続いて食料が値上がりしたままだからその影響が出ているのだろう。数字で知っていても実際に現状を語られると重みが違う。


 物思いに沈んだ私の耳に優しい歌が流れ込み、気付けば穏やかな気配に包まれていた。


 部屋の中央に置いてあるテーブルの周りを箒で掃いていく。座っている私の後ろを通り過ぎるとき、スージーの動かした空気の流れが私に纏わりついてくすぐった。

 知らず後ろ姿を目で追ってしまう。白い首にクルクルしたおくれ毛が垂れている。生え際にはフワフワの産毛が可愛らしく揺れていた。私よりも柔らかそうな巻き毛を指に絡ませたらどんな感じだろう。静かな雨のように低く穏やかな声が生まれる体は抱きしめたらしっとりと馴染むのだろうか。


 自分の考えにハッとする。

 接触に嫌悪を感じている私がこんなことを思うなんて。



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