第6話 ●豹変 ~ わかってるんやろな?

スラーは笑顔でノワールを見つめている。


だが、ノワールはまっすぐにスラーの顔を見ることができず、視線を斜め下の床に移したまま、すでに飲み干して空になっているコーヒーカップをバツが悪そうに口に運んでいる。


「ガンッ!」


衝撃音と共に突然ノワールのすねに激痛が走った。


スラーがノワールのすねに鋭いケリを入れたのだ。




「おう、ノワールさんよ、携帯だせや。」


スラーが笑顔のまま、フォルテがいた時とは全く違う荒っぽい口調で、ノワールに携帯電話をだすことを要求してきた。


(あ、詰んだ。これ、拒否権ないやつだ。)


ノワールはそう察し、だまって携帯電話を差し出した。


すると、スラーは慣れた手つきで、自分の携帯電話にノワールの連絡先を登録し、登録が済むと、ノワールの携帯電話を投げ返した。




「えーと、何年ぶりかな?2年ぶり?あなたが突然いなくなってから?」


スラーは笑顔のままだが、腕と足を組み、少しのけぞる感じでノワールに聞いてきた。


「ハイ、そうです。」


ノワールは蚊の鳴くような声で、答えた。


お察しのとおり、ノワールとスラーは知り合い、というより元同僚である。


「敬語やめて。で、今どこで何しているの?」


スラーはそう言って、またノワールのすねを蹴った。


「オダワ町で医者をやっているよ。」


ノワールは痛みに顔をしかめながら、先ほどのよそよそしさはなく、ため口で話し出した。


「宮廷のみんな怒っていたわよ。突然消えるんだから。」


「でも王は怒っていなかったろ?王にだけは事前にちゃんと話をしたからさ。」


「私たちには言わなかったでしょ!」


そう言って、スラーが再度ノワールのすねを狙うが、さすがに学習してノワールはそのケリをタイミングよく避けた。




ノワールは、オダワ町に来る前に、王都におり、王宮の専属医師の一人として仕えていた。


で、なんやかんやあって、2年前に突如王宮を去り、オダワ町に移り住んだのだ。


スラーとは王宮つながりで旧知の仲である。




「で、もどってくる気はなさそうね。」


「ないね。」


ノワールはスラーの問いに即答した。


「絶対?」


「絶対はないけど、今は無い。」


「可能性は0ではないってこと?」


「そんなこと、どーでもいい…」


ノワールがいつもの口癖を言い終わらずに、またスラーにすねを蹴られ、悶絶した。


今のはノワールが悪い。




「どーでもよくないけど、まあいいわ、今回連絡先をゲットできたから、それで許してあげる。ちなみに、連絡先は変えないこと、わたしから連絡したら、2秒で返事を返すように。」


「2秒は無理。」


「ま、2秒は冗談だけど、24時間以内には返事をすること。わかった?」


ノワールはスラーの命令に素直に返事をした。




「で、フォルテさんのことでしょ?彼女に受かる可能性があるかどうかのこと。」


ノワールの心を見透かしたように、スラーがフォルテの話題を持ち出してきた。


「大丈夫、あの子には可能性があるし、今回ほんとに大サービスでヒントをあげたから、大丈夫じゃないかな?」


「その自信は、同じような境遇で合格した人の自信ってところかな?」


「ま、そうかもしれないわね。」


そう言って、スラーは少し悪戯っぽくわらった。


先ほど、フォルテに与えた4番目のヒントの過去の合格者は、このスラーのことである。


スラーは貴族出身ではないが、最年少で宮廷音楽家になった天才である。


「それにね、そろそろ彼女には合格してもらわないと困るのよ。それになんと!今回はあなたがいるじゃない。このチャンスを逃す手はないかな、って。」


と言って、スラーはいたずらっぽく微笑んだ。


彼女の言った、「困る」や「チャンス」の意味は分からなかったが、何か企んでいることは確かだった。


だが、ノワールはあえてこれ以上は聞かないことにした。


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