第7話 ●絶望 ~ やっちまったなー

ノワールはやっとスラーから解放されて、予約していたホテルに向かった。


ホテルの部屋はもちろん、フォルテとノワール別々にとってある。


ノワールがチェックインの手続きをしていると、その時ホテルのフロントでスタッフが耳打ちしてきた。


「こんなこと言うのは差し出がましいのですが、お連れ様がケガをされていたようで。私どももお医者様をお呼びしましょうか、と提案したのですが、頑なに拒否されてしまったので。一応先にお耳にいれておいた方がよいかと。」


「え?」


ノワールは耳を疑った。


(ケガってなんだ?)


スタッフに感謝を述べて、急ぎ足で直接フォルテの部屋に向かった。


「お帰り先生、遅かったね。」


フォルテは明るくノワールを迎えたが、その右手は力なくダラン、と下がったままだった。


「ど、どうしたんですか?」


その腕を見て、ノワールは思わず声をあげてしまった。


「いやー、ホテルに向かう途中、馬車にひかれそうな女の子がいて、抱えて助けた時にやっちゃったみたいで、右腕があがらないんだよね。」


笑顔で笑いながら話しているが、相当重傷であることは見ただけで明らかだ。




ノワールはすぐに診察を行った。だが診断結果は残酷だった。


「腕と指の腱が切れています…。」


ノワールは事実のみフォルテに伝えた。


「そっかー、切れているかー。やっぱりねー、指が動かないから、そうかなー、と思ったんだよねー。」


フォルテは精一杯明るく振舞い、笑顔で返答してきた。


「じゃあ、明日の試験は出れないよね?」


「出れません。」


ノワールは唇をかみしめながら、フォルテの質問に答えた。


「先生、この指って治るの?フォルテ、ピアノはまた弾けるの?」


「腱の縫合手術をすれば、今後またピアノが弾けるようになるかもしれません。だけど、今までどおり弾けるかどうかの保証はありません。」


「そっかー、そうだよねー。でも、助けた女の子が無事だったみたいだからよかったよ♪」


ノワールの言葉を聞いて、フォルテは天井を見上げ、必死で涙が溢れないようにしていた。


(こんな状況でもまだ他の人のことを心配できるなんて、この子はほんとに優しいな。)


ノワールはフォルテの言葉に感心した。




「でも、試験受けたかったな。せっかくスラーさんがヒントくれて、今回は受かりそうな気がしたのにさ。」


フォルテは悲しみの感情を抑えきれなくなり、嗚咽し始めた。


それはそうだろう。今まで目指してきたものに、もう少しで手が届きそうだったのに、その望みが断ち切られてしまったのだから。


ノワールは口が裂けても、「次がある。」とは言えなかった。




フォルテが病院に行くことを拒否したため、ノワールが薬局で治療に必要なものを買ってきて、とりあえず応急処置をした。


その後、フォルテがしばらく一人にしてほしい、と言ったため、ノワールはフォルテの部屋を後にした。




ノワールは予約していたフォルテの隣の部屋に入った。


部屋に入った後、壁越しに、隣の部屋からフォルテの嗚咽が聞こえてくる。


「やることは一つだな。」


ノワールは自らのやることのために準備を始めた。


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