第5話 ●質問 ~ え?そうなの
「いやー、毎度にぎやかだねー。」
王都に到着し、予約しておいた宿に向かう途中、行きかう人々を見てフォルテは素直な感想を述べた。
馬車の中での暗い表情はどこへやら、すでに明るいいつものフォルテに戻っている。
「で、先生、なんでそんなフードを目深にかぶっているの?なんなの犯罪者なの?お尋ね者なの?」
「いや、ちょっと人込みがきつくて。」
着ているコートのフードを目深にかぶり、顔を隠しながら人込みを歩くノワールを見て、フォルテは少し呆れた感じで指摘した。
確かに、今のノワールの姿は、フォルテの指摘のように、どこからどうみても衛兵から逃げ回っているお尋ね者だ。
人込みがきつい、というのは本当だが、そのほかにもノワールには顔を隠さなくてはならない理由があった。
「あら?フォルテさんじゃないですか?」
ノワールとフォルテの背後から、柔らかな感じの女性の声が聞こえた。
フォルテが振り向くと、そこにはロングヘアで少し背の高い上品な雰囲気を醸し出す女性が立っていた。
スラーである。
「あ、審査員長。こんにちは。」
フォルテが元気よく挨拶した。
「今回も来てくれたのね。楽しみにしているわ。あ、わたしのこと、審査員長なんて言わないで、スラーって呼んでいいのよ。」
スラーは、フォルテに親しみを込めて、自らの名で呼ぶことを許した。
フォルテは恐縮しながらも、少し嬉しそうだった。
だが、フォルテは思い出したように、先ほどの嬉しそうな表情から一転、真剣な表情に変わった。
「じゃあ、スラーさん、聞きたいことがあります。宮廷音楽家の試験って、デキレースって本当ですか?」
直球の質問である。オブラート?なんですかそれ?と言わんばかりの質問だ。
「あらあら、その情報はだれから聞いたの?」
スラーは一瞬、面食らった表情をしたが、すぐに柔らかな表情になり、優しい口調で聞き返した。
「この人、医者のノワールさんです。」
フォルテは、スラーに顔を見られないように背を向けているノワールのコートの裾を引っ張り、スラーに紹介しさらに挨拶するように促した。
「ノ、ノワール、と言います。どうも。」
ノワールは、フードをかぶったまま半身でスラーに挨拶した。
どうしても、スラーに顔を見られたくない、という様子だ。
「あら、あら、あらあらあらあら?」
スラーはノワールを見ると、口に手を当てながら、フードに隠れているノワールの顔を大げさにのぞき込んできた。
「へー、ノワールさん、っておっしゃるんですね。初めまして、かしら?」
スラーは、ノワールのかぶっているフードを引きはがす、というよりは、もぐ、という表現があっているような勢いでフードを取り、有無を言わさず握手をしてきた。
はた目からはとても友好的な握手に見えたが、実はスラーの握手には、その細い腕からは考えられないような、力が込められており、思わずノワールは、くの字に体をよじりそうになってしまった。
「この道の真ん中での立ち話もなんなので、カフェで話さない?」
スラーはそう提案し、三人はカフェで話すことにした。
三人はスラーの行きつけのカフェに行くと、話をつづけた。
「あ、そうそう、フォルテさんの質問に答えていなかったわね。」
スラーは注文したコーヒーを飲みながら、フォルテに向き直った。
真剣なまなざしでフォルテはスラーの答えを待った。
「答えは、イエス、そのとおりよ。」
スラーはあっさりそれを認めた。
「まあ、審査員長という立場からあまり多くは言えないけど、合格者は派閥ごとに事前に決まっているわ。」
その後、スラーは多くは言えないと言いながらも、ほぼ内幕を暴露してくれた。
スラーを除く、12名の貴族の審査員がいて、それぞれの貴族の派閥から持ち回りで決まっている。
それは、ノワールがフォルテに説明したことと一致した。
「じゃあ、フォルテが合格することなんかできないじゃないですか!なんでそれ教えてくれなかったんですか!フォルテのことバカにしているんですか!」
スラーが立場上それを伝えられないのもあるが、だが、フォルテの怒りはもっともである。
「バカにはしていないわ。可能性にかけたのよ。」
スラーは笑顔の中に、シリアスなトーンを含んだ声で答えた。
「可能性?」
フォルテはスラーの思いもよらぬ回答に疑問文で返した。
「合格する可能性の無い人には、わたしから、『もう受験しない方がいい』、ということは伝えているわ。もちろんデキレースのことは伏せているけどね。」
「でも、あなたフォルテさんには、それを覆すことができる可能性を感じたの。だから、わたしはあなたに試験を受け続けてもらっているわ。」
スラーはゆっくりとした口調だが、力強い口調でフォルテに伝えた。
「でも、フォルテは合格してませんよね?どうして合格しないんですか?いつになったら合格するんですか?」
フォルテは矢継ぎ早に質問をした。
たしかにそうだ。可能性があるといいながら、フォルテは何回も試験に落ちている。
「わたしがね、あなたに可能性を感じたのは、一番初めの二次試験の時よ。『あ、この娘受かる可能性を秘めているわ』ってね。」
「ちなみに、その時どんな曲を弾いた?」
「一番初めは、どんな曲を弾いていいかわからなかったから、食堂で弾いているような曲を無我夢中で弾きました。」
「その後は?」
「その後は、その時の他の受験者の人たちが、クラシックの有名な曲を弾いていたから、それをまねてそれ以降はクラシックの曲を弾いています。」
「そうね。じゃあ、わたしからいくつかヒントをあげるわ。」
「まず一つ目に、さっきも言ったけど、わたしがフォルテさんに可能性を感じたのは、一番初めに弾いた曲を聞いたとき。」
「二つ目に、合格するためには、音楽の意味を考えてね。音楽は、音で人を楽しませるものだからね。」
「三つ目に、貴族って意外と田舎出身の成り上がり貴族がいたり、クラシックのクの字もわからない奴らがほとんどだからね。」
「四つ目に、以前、一度だけそうしたデキレースを覆して受かった人がいたけど、その時その人が弾いた曲は流行りのポップスだったかな。つかった楽器は、そうフォルテさんと同じピアノ。」
「わたしが言えるのはここまで。明日試験だから、時間は無いけど、ぜひ答えを導きだしてみてね。」
そう言って、スラーはフォルテに微笑みかけた。
「あ、そうそう、フォルテさん、ちょっとこのあと、ノワール先生お借りしていいかしら。お医者さんだっていうから、ちょっと相談したいことあって。」
スラーが笑顔のままだが、まるで鋼鉄の鉄板をやすやすと貫かんばかりの鋭い視線をノワールに送った。
「あ、いいですよ。じゃあ、フォルテ先にホテルに行きますね。先生、ちゃんとあとからきてよね。」
そう言って、フォルテはスラーに深々とお辞儀をして店の外にでていった。
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