05.11.宣言

 「何しに来た、神月こうづき


 新井あらい家に横付けされたミニバン。運転してきたのはそらだ。偶然帰ってきたみつるがそれを出迎える格好になってしまった。


 「ご挨拶に」


 「挨拶だと? うくっ、斎藤さいとうさん」


 スライドドアが開き、ゆいも降りてくる。


 「みつるさん……、私は正式にお断りを」


 「そ、そうですか……」


 「琴乃ことのは勝利宣言」


 それは兎も角、降りてきたのはゆいだけではない、そらの嫁達がみつるの前に勢ぞろいする。当然ながらその中に絵梨菜えりなの姿もあった。


 「絵梨菜えりな……」


 「……」


 だが、絵梨菜えりなは何も返さない。そらに酷いことをしたら口をきかない、それを実行しているのだ。


 「みつる、あがってもらいなさい」


 絵梨菜えりなの父もそらたちに気付いたようだ。リビングへと通され、新井あらい家の三人と向き合うように座る。絵梨菜えりなそらの隣、そしてゆいも隣に座る。


 「絵梨菜えりなを貰いに来ました」


 「「「……」」」


 許しを乞うわけでもなく只そう宣言するそらに言葉を失う新井あらい家の面々。


 「斎藤さいとうさん……、貴女まで……」


 漸く言葉を口にしたのは絵梨菜えりなの母だった。息子の嫁に、そう思っていた人までもが娘を拐かした男の隣にいるのだ、表情からは落胆の色が伺える。


 「私はみつるさんとの縁談をお断りに参りました」


 セフレがどういう関係なのかは知っているつもりだった。ゆいそらのセフレだと聞いたときから嫌な予感はしていた。息子の嫁に相応しくないのではないかと思ったこともあったが、それでも心を入れ替えて嫁いで来てくれたらと考えることにした。だが、その女性は今、娘を連れ去ろうとしている憎き男の隣に座っているのだ。それが何を意味するのか、わからないはずもあるまい。


 「皆んな嫁だ。あたいも驚いたんだけどさ、Azusaの叔母さんも嫁になって――」


 「自分でいうのはいいが、他人にそう呼ばれると腹立たしいものだな。私はまだ29だ」


 「ああ、うん、29歳の来夢らむさんが嫁になって、五人になったから約束通り斎藤さいとうさんも嫁になったってわけだ。凄いだろ!」


 母としてはそれは凄い事とは思えないのだが、自慢気に話す娘に育て方を間違ってしまったのかと落胆した表情になってしまう。そして、何より驚いたのがその人数だ。一週間前に来たときは四人だと言っていたはず、この短期間で二人も増えているのだ。


 「六人も……。まだ学生なのに六人も養っていけるんですか? ねえ、絵梨菜えりな、やっぱりこんな人止めて――」


 「母さん、そらの事悪く言うのは止めてくれ」


 「でも絵梨菜えりなっ」


 ゆいばかりか、先日は付き添いだったはずの来夢らむまでもが嫁になったという。そんな男に娘をやれるわけがない。


 「そらは大学生だけどちゃんと働いてるんだぜ。生活には困ってないから心配要らないって」


 「……」


 「今のダーリンの月収は200万だ。世帯年収の平均が550万だと考えれば4世帯分の収入が有ることになるな。それに、世帯収入という言い方がされているように今どき夫が家族を養うという考え方は古い。私や朝比奈あさひなちゃんの収入も合わせれば平均年収など一ヶ月で軽く超えているからそれなりに裕福な暮らしが送れるだろうな」


 来夢らむが具体的な数字を挙げて補足する。


 「何の仕事か知りませんが、そんなのがいつまで続くかわからないじゃないですか。何か怪しげな仕事なんじゃないですか?」


 「普通のソフトウェア開発だ。私の会社から発注している。こう見えても部長職を任されていてな、会社が存続している間はダーリンの収入は保証されたようなものだ」


 「琴乃ことのもオーダーメイドのドレスでそこそこ稼いでる。それに琴乃ことのの父は社長さん、頼めばいくらでも仕事はまわしてもらえる」


 金銭面の不安を来夢らむ琴乃ことのが払拭する。


 「でも……、絵梨菜えりなはまだ18なのよ? 精神面でも成熟してるとは――」


 「母さん、もういいだろう。私達が思っていたよりまとも人間なのかもしれない」


 尚も食い下がろうとする母を父が諫めた。


 「その痣はみつるが?」


 「そうだぜ、親父。態と防具のないところ狙いやがって。それでもそらは何度も何度も立ち上がったんだ。あたいの為に立ち上がってくれたんだよ。なのに、こいつは……」


 憎らしげにみつるを睨みつける絵梨菜えりな。こいつという呼び方からしても、本当に口をきくつもりがないのだろう。


 「馬乗りになってそらを殴りつけやがった。それがこいつの剣道なんだよ」


 「本当か、みつる


 「……はい。ついカッとなってしまい」


 「そうか……。愚息が申し訳ないことをしてしまった」


 深々と頭を下げる父。みつるを納得させてやってくれとは言ったものの、ここまするとはで思っていなかったのだろう。あくまでも剣道という枠の中で納得がいくまでというつもりだったのだ。


 「だが……、だからといって認めてやるわけにはいかないがね」


 「何でだよっ! こいつの嫌がらせに耐えたんだよ、あたいの為に頑張ってくれたんだよ、幸せにしてくれないわけねえだろう!」


 「絵梨菜えりな、いいんだ。元々こうして話を聞いてもらう前提でしかなかったんだし」


 「でもよっ、そら……」


 「それに、昨日も話したじゃない。許可を貰うつもりはないって。だから、聞いてさえもらえればいいんだよ、絵梨菜えりなを貰っていくってね」


 「……そうだったな。二人で宣言するんだった。あたいはそらに貰われてくからなっ!」


 「意志は固いか……」


 「当たり前だ。今度ばかりは親父の言いなりにはならねえからな」


 「そこまでの覚悟があるなら好きにしてみるとよい。だが、認めたわけではないからな」


 「ああ、親父の意志なんて関係ないんだよ」


 「認めたわけではないが……、盆と正月ぐらいは顔を見せに帰ってきなさい。そら君も一緒にな」


 「親父……」


 「勘違いするな。確認したいだけだ、絵梨菜えりなが不幸になってない事をな」


 「絵梨菜えりなは幸せにしてみせます」


 「勿論だ。少しでも絵梨菜えりなが不幸に見えたなら、その時は絵梨菜えりなを返してもらうからな」


 「私は反対です。幸せになんてなれるはずありません。絵梨菜えりな、考え直しなさい。こんな人じゃなくても他にも居るはずです」


 「あたいはそらの子供を産みたい。そらじゃなきゃ嫌なんだよ。母さんだって孫の顔見たらそんな事言ってられなくなるって」


 「その前に卒業」


 忘れてないだろうなと、琴乃ことの絵梨菜えりなの頭をポカリと叩く。


 「わかってるって。産むのは卒業してからだ」


 「卒業……、じゃあ短大に戻るのね? それまではこっちに居るのよね?」


 その間に気が変わるのでは、そんな期待から表情が和らぐ母。


 「卒業するのは大学だ、そらと同じな。まあ、今から勉強初めて再来年受験するんだけどよ、絶対合格して見せるぜ! それまでそらんとこで世話になる。勿論合格してからもだけどよ」


 だが、そんな思いを打ち砕くように絵梨菜えりなが宣言する。


 「大学って、絵梨菜えりなには無理よ」


 「お金の心配もいらない」


 誰も心配していなさそうではあるが、琴乃ことのが付け加える。


 「お金の問題ではありません! 絵梨菜えりなの頭じゃ無理に――」


 「無理じゃありません、僕が合格させてみせます。僕だけじゃなくて琴乃ことの真耶まやも同じ大学ですし、Azusaも同じ大学を受験します。絵梨菜えりなも絶対に合格させてみせますから」


 「そうか……、頑張りなさい」


 「ああ、期待してろよな、二、三人は産んでやるからよ!」


 そっちの頑張りではないと思うのだが、事実上の許可を得られ、堂々と絵梨菜えりなを連れ帰る事が出来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る